恐怖症の研究
と言われると、
「そこまで言われると、そうだとは言いにくいが、少なくとも俺の想っていることを代弁してくれたという思いはある。だから、沢口君はまずは俺のところに来たというわけだね?」
「ええ、そうです。別に苦しんでいるというわけでもないんですが。小林さんとこうやって面と向かうのも、どれだけの覚悟が行ったか分かりません。正直、さっきまで足が震えていて、言葉が出てくるのか、自分でも分からなかったくらいですからね」
と沢口は言った。
小林は、今回の開発において、確かにキーパーソンであった。
川村研究室を飛び出した小林がキーパーソンだというのも、おかしな話だが、彼が今開発を進めようと思っているのは、ある意味、川村研究室の研究への援護射撃にもなるものだった。
もちろん、一番の利益を得るのは里村研究室だということを最優先にした上で、その副産物として、どうしても、相手に塩を送る形になるのだが、それも仕方のないことではないだろうか。
小林が考えている発明は、
「人間というのは、なかなか自分の本性が分からないもので、恐怖症だと感じていることを、自分では認めたくないだろう。川村教授の研究は、その恐怖症から偶然と必然を分けてそこから生み出される人間の本性が、自分の中にある超能力を動かして、予言のような形に進めるものだが、そうなった時、自分の分かっていなかった本性が見えないまま、自分の本性に気づかぬうちに支配されてしまうことがあるのではないかと思う。それが予言の代償であり、その代償を補うために、何かそれを自分で防御できるものがないといけないだろう。その防御法を促すための発明を、小林は考えていた。つまりは、川村研究室に今の研究が成功してもらわないと、小林の方も困るわけである」
というものであった。
里村研究室もそのことは分かっていた。ある意味、いい方は悪いが、
「人のふんどしで相撲を取る」
という感じであるが、実は相手がどのような発明をするかによって、若干の手直しが必要になるかも知れない。
そういう意味で、相手の方から歩み寄ってくれたのはありがたいことで、
「飛んで火にいる夏の虫」
でもあったのだ。
この状態は相手に分かったとしても、何ら小林側にとってデメリットがあるわけではない。そういう意味では話をしてもいいのだが、敢えて、ここは様子見も兼ねて、余計なことはいわなかった。
「小林さんは、目立つことが多いと思っていますが、影のフィクサーとしての冷静さをしっかりと持っています。だから、余計に小林さんを無視してはいけないと思うし、どうしても、視界に入ってくるんです。私にとって、小林さんという結界は、避けて通ることのできない結界なんだって思っているんですよ」
と、沢口は言った。
「沢口君は冷静に状況を判断できているようだけど、かなり俺に対しては挑戦的とも思えるような辛辣な言い方をしてくるが、もし俺が頭に血が上って、二度路俺の前に顔を見せるんじゃないと言ったらどうするつもりだい? はい、分かりましたって、引き下がるつもりなのかい?」
と小林に言われ、
「僕は引き下がるつもりでした。小林さんは確かに僕にとってのキーパーソンですが、僕が言おうが言いまいが、小林さんの研究は必ず我々に絡んでくるものだということが分かる気がするので、遅かれ早かれ、そうなるだけです。でも、なるべく早い方がいいので、僕はこうやって、小林さんを訪れているんですよ」
と言われて小林はドキッとした。
――こいつ、分かってるじゃないか――
と感じたからだ。
「ところで小林さん」
と、声のトーンも、実際の声もかなり落として、沢口が聴いてきた。
どうやら、話が変わるようで、今度は少しリアルな生々しさのある話のようだった。
「なんだい?」
と小林が聞き返すと、
「小林さんは、川村教授をどう思っていますか? 私はあの先生が何か私利私欲に近いところにいるような気がするんですが、気のせいだったらいいと思っています」
と言った。
「いや、小林君のいう通りだよ。教授は確かに利権が絡んでいるところに近いんだ。だけど、そこにいるというだけで、私利私欲に惑わされているわけではない。それがあの人の役目で、私利私欲の連中の動向を探るのが、教授の考えでもあったんだ」
と小林が言った。
「えっ、教授の立場でそんなところにいると、私利私欲に惑わされたりはしないんですか? それじゃあ、まるでスパイか何かのよじゃないですか?」
と沢口は言った。
「スパイというところまでは大げさだけど、教授が研究において、その連中に近づくことで得られるものもあるんだ。何といっても、私利私欲に塗れる連中の気持ちなど、一般市民には分からないからね。かといって、自分で塗れるわけにもいかない。自分で自分に実験台として麻薬を打つようなものですからね。そんなことは絶対にできない。それで近づくしかないと思ったんじゃないですか?」
と小林がいうと、
「でも、そんな危険じゃないですか、一人単身で乗り込むなんて、無茶ですよ」
と、小林は答えた。
「一人ということではない。そのあたりは、警察機構の中の公安の連中が後ろにいるから、教授は守られている。だけど、警察官でもない教授がそこまでの覚悟ができたのは、ひょっとすると、教授は自分で自分を鼓舞するような発明を秘密裏にしていたのかも知れない。警察の人にもその発明を使って、鼓舞させる。だから、教授は警察とも繋がっているし。私利私欲の連中から、必要なデータを貰うことも難しくはないんだと思うんだ」
と小林が言った。
「でも、私利私欲の連中には、当然自分たちを守るSPのような存在がいるんじゃないかな?」
と沢口が聴くと、
「それはいるさ。だけど、教授は先回りして、彼らの懐柔もできているんじゃないかな?」
と小林の言葉に、
「そこまで先手を打っているのであれば、すごいじゃないですか」
「ああ、そうなんだ。教授はそういう私利私欲に塗れている連中から、その彼ら自身の本性を調べて、さらに、彼らを潰すだけの証拠も抑えているんじゃないかと思われるんだ。あの人は先手先手を打って、次第にまわりから固めて行っているんだ。だから、あとは君たちも開発待ちというところもある」
と小林に言われて、
「僕たちは、そんな思惑があるなんてまったく知らずに研究していたので、そんなに大切なことだとは思っていなかったんですけど」
と、沢口は言った。
「それはそうだろうね。最初から知っていてはまずかったからさ」
「じゃあ、どうして、今は話してくれるんですか?」
と小林に聞くと、
「もう、今の段階になってくれば、後は計画が分かったところで大丈夫だからさ。きっと教授もそう思っているはずさ」
と小林が答えた。
「じゃあ、小林さんが里村研究室に移籍したのも、最初からこの計画のため?」
と聞くと、
「それは違ったんだ。でも、結果的に移籍していてよかったと言ったところだろうか。ケガの功名というところだね」
と言って、小林は笑った。
「じゃあ、僕たちの研究は一体何だというんだろうか?」
と聞くと、