小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

記憶喪失と表裏

INDEX|2ページ/26ページ|

次のページ前のページ
 

「いえいえ、そうじゃないんですよ。練習用のスタジオは借りれているんですが、時々こうやって屋外で練習することで、スタジオと違った印象を感じるんですよ。そこで、それぞれが自分の役についていろいろ感じるものが出てくると思うんです。そう思うとセリフを覚えるのにも、役に入り込むにもいい環境が出来上がるというわけなんです」
 と教えてくれた。
「なるほど、いろいろと考えられているんですね」
 というと、
「それはそうですよ。皆まだ発展途上なんだけど、いずれは舞台の上で輝きたいと思っているわけですからね。小学校の学芸会とはわけが違うんですよ」
 と言った。
 もし、菜々美がこの劇団に入ることを一番最初に考えたのがいつかと言えば、この時だったと答えるだろう。
 そして、決め手となった言葉があったとすれば、それは、
「聞いた相手が、小学校の学芸会という言葉を引き合いに出したからだった」
 というに違いない。
 それを聞いて、菜々美はハッとしてしまった。
「学芸会という言葉が私のトラウマになっていたんですよ」
 と小学生に感じたことを口にすると、
「それは皆同じなんですよ。だから、ここにいる皆は、学芸会ではないと自分に言い聞かせて、一生懸命に稽古しているんです」
 というのだった。
「私は、学芸会で一番何が嫌だったのかというと、予行演習が嫌だったんですよ。いかにもやらされているという感覚が特に嫌で、だから劇団というものには抵抗があったんですが、大丈夫でしょうか?」
 というと、
「なるほど、それがトラウマの正体なんでしょうね。でも、ここにいる人も皆そうでした。最初はリハーサルが嫌だった人がほとんどですなんですよ」
「じゃあ、皆さんどうやって克服されたんですかね?」
 と訊いてみると、
「それは皆さん人それぞれでしょうが、でも、先輩に素直に話してみると、先輩が自分の克服法を教えてくれたりして、そこから信仰が深まっていくんですよ。先輩後輩というのは、そういうところから関係ができていくんじゃないですか? ただ先に生まれたからとか、先に入ったから先輩というだけのものではないと思うんです。だってもしそうだったら、あんなに先輩を尊敬しているって、皆言えないはずでしょう? 先輩には先輩として敬われるだけの何かがあるんですよ。そうじゃないと、尊敬する人はと訊かれて、簡単に答えられないでしょう? インタビューする人によっては、理由を聞いてくる人もいる。そんな中でキチンと答えようとすると、日頃から尊敬していないと出てこない言葉もあるでしょうからね」
 というではないか。
 その言葉には説得力があり、
「自分も何とかなるんじゃないか?」
 と漠然と考えたものだった。
「じゃあ、体験入団という形もできますけど、いかがですか?」
 と言われて、
「じゃあ、お願いしようかな?」
 と、言って仕事のスケジュールを調整してみると、意外と劇団の方に使える時間があって、
「これも、運命なのかな?」
 と感じた。
 劇団の名前は、
「プロキオン」
 という名前で、よく聞いてみると、人気劇団に「シリウス」というのがあって、それにあやかったということである。
「シリウスとプロキオン」
 星座では両輪と言ってもいいだろう。ちょっと面白そうな気がした。
 劇団の仲間は、結構賑やかなようだった。練習の合間には、皆気さくに話をしていて、素人の菜々美の方が、
「そんなにオープンにしていて、実際の芝居に入った時、ちゃんと役に嵌り込めるんですか?」
 と聞いてみると、
「ああ、それは大丈夫。逆に一度リセットして自分に戻った方が、自分の役に対していかに対応できているかということが客観的に見れるんだと。つまり、自分でありながら、客観的に見ることができる。これも、演劇の醍醐味のようなものだよね・これが僕のリセットの秘訣のようなものなんだけど、あくまでも、個人的な意見なので、参考程度に聞いてもらえばいいと思います」
 と言っていたのは、休憩時間では、リーダー的な存在で、いつも中心にいるタイプの男性であった。
「なるほど、そうなんですね? ここのリーダーさんですか?」
 と聞くと、
「いやいや、そうじゃないよ。僕はどちらかというと、ムードメーカーのような感じだね。でも、僕のことをリーダーのようだと思ってくれたのは僕にとっては嬉しいんだ。実はリーダーでもないくせに、リーダーっぽく見られるようにわざと演技しているんだよ。だから、リーダーに見られるのは、僕にとっいぇは、願ったり叶ったりというところだね」
 と言っていた。
「なるほど、そういうことなんですね。じゃあ皆さんは、それぞれにこの劇団の中で役割のようなものを持っていらっしゃるという感じでしょうか?」
 と聞くと、
「そうだね、そういう意味ではそうかも知れない」
 と少し意味深ないい方をした。
 そもそも、ここはそういう団体としての意識よりも、個人の意識の方が強いと思うんだ。皆がそう感じているんじゃないかな?」
 と言っていた。
「確かに、集団で一つのことをするにも、個人個人の能力や実力に差があると、なかなかうまくいきませんよね」
 というと、
「そういうことですね。だから、まず私たちは、時間が掛かるかも知れないけど、個人の実力の底上げを中心に行っています。他の劇団のように、人がたくさんいるところは、ふるいに掛けたりできるんでしょうけど、ここは人数的にもギリギリなので、何をするにしても、まずは、そこからだと思っています」
「でも、その分、皆さん漏れなく舞台を踏めるわけだし、その分、落ちこぼれるわけにもいかない。難しいところなんですね?」
「ええ、そうなんです。だから、こうやって皆が、底上げの対象になる人は、どうやったらみんなに追いつけるか、そして、目標にされる人は、そうすれば、自分の演技をその人に伝えられるかを模索しているんですよ。言葉でいうのは簡単ですが、これがなかなか難しい。理屈では分かっても、身体がついてこなかったり、気持ちが身体に追いついてこないと、精神面で相手に後れをとってしまう、この場合は、見えている距離よりも、結構遠かったりするので、難しいですよね。要するに、足元も前も、後ろも、そして、自分の位置と、追いかける人の位置とをすべて頭に入れておかずに、一つでも見失ったりすると、まず、最初に自分のいる場所が分からなくなって、それが恐怖を煽る。恐怖を煽られると、何が怖いと言って、足場が気になるんですよね。その時足場に何もなければ、奈落の底に落ちるしかない。その時自分がどうなっているか、どうしてもそれを考えてしまうので、怖くて一歩が踏み出せない。人を追いかけている人にはこれだけの考えがあるのだと私は思っています」
 と、いうのを聞いて、
「でも、追いかける方が追いかけられるよりも、気が楽だと聞きますけどね」
 というと、
「それは実力が拮抗している人たちが、リーグ戦などの試合をこなしている場合のことですよね。すでに完成されているような人たちが戦っているのだから、ここの状況とはまったく違います。ただ、ここではまだ表に出ずにここだけの葛藤で済んでいるので、そこだけがマシだと言ってもいいかも知れないですね」
作品名:記憶喪失と表裏 作家名:森本晃次