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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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79話 トラウマ






こんばんは、五樹です。時子は今日、3時に目が覚めました。


「六人の住人」でも話しましたが、今日は、彼女が囚われている最大のトラウマのついて、改めて話をしましょう。


時子の母親は、おかしな人でした。“おかしな人”というのは、大分やんわりとした表現です。

時子の母親は、時子を憎んでいました。一度だけ母親は、こう話していたのです。

「あなたが生まれた時は、私はうつが重くてとても大変で、だから、あなたを見ていると、その頃を思い出すの」

それは時子を愛せない理由の一つには違いなかったのでしょうが、時子からすれば、関係の無い話です。

母親はたくさんの細かいルールを家の中に設け、それを娘達に教えました。時子の母は、とにかく生活にたくさんのルールを持って生きていました。

時子の母親は、複雑な思考を持ち、少々被害妄想的で、自分の怒りを決して制御出来ない人物でした。それから、大人だって簡単に言いくるめて罪を着せられる舌を持っていました。

時子の父親は一度、「あのお母さんに叱られてると、“絶対間違ってる”とは感じるのに、理論で勝てなくて、謝るしかなくなるんだ」と言っていました。

それから、母親は一度だって“自分が悪かったのかもしれない”と考える事の出来ない人物でした。

「私ね、どうしてこんなに自分の子供に嫌われてるのか分からなくて、“もしかしたら自分のせいかも”って考え直してもみたけど、やっぱりとてもそうは思えなかったわ」

時子の母はそう言っていました。それを13歳の時子は、戦慄して聴いていました。

それらが時子と母の生活に乗って起きていたのは、こんなような事です。

怒りっぽく、子供の些細なミスも許せない母親は、日に何度も、何時間も激昂して、時子を酷く罵倒しました。

時子の母親がいつも言っていた罵言をまとめると、こんなような内容です。

「私はあんたなんか産みたくなかった!中絶もしたのよ!でも、夫に説得されて産んだの!私が病気で大変な時に、あんたの育児で辛い思いをさせられて、挙句の果てにこんな役立たずに育つなんて!あんたなんか産むんじゃなかった!もう、はっ倒してやりたいわ!」

なんとも自分勝手で、とても子供に聞かせる言葉だとは思えません。

「はっ倒してやりたい」は母親がよく最後に言っていたので、時子は一度、勇気を出してこう言いました。

「そうしたいなら、そうすればいいのに」

時子はその時、“こう言えば自分は殺されてしまうかも”と思いながらも、必死にそう捻り出しました。でも母親は時子を強く睨みつけ、大きな音を立ててドアを閉め、時子が居た部屋を出ていきました。

多分、頭の回る時子の母親は、“身体的虐待をすればすぐに立件される”と知っているから、なるべく手を出さずに居たのでしょう。その位は狡っ辛い奴です。

でも、「食事のマナーが守れなかったから」と玄関に座らせて食事をさせたりなど、充分苦痛な事を時子にさせていましたし、全く暴力をふるわなかった訳ではありません。時子の頬が大きく腫れ上がるまで殴りつけた事もあります。


そんな扱いを母親から受けながらも、時子は母を愛しました。

この話を読んでいて、途中で気付いた方が居るかもしれませんが、時子の母は人格障害を持って生まれました。それは、母親の担当医が時子に話していました。

時子は、母についてこう思っています。

「お母さんは、人格障害という生まれつきの性質から、分からない事がたくさんあるんだ。それであんな風になってしまったんだ。だから周りと上手く付き合う事が出来なくて、孤独になる。ただ、お母さんには理解する力が無いだけなのに。そんなの、可哀想でしょうがない」

時子にとって、自分の為に母を恨むより、母の人生を母の目で見る方が重要だった。愛しているから。

彼女は時折その事を思い返してフラッシュバックを起こし、泣きながらこう考えます。

「この世界はお母さんを受け入れない。だからお母さんを救う事は出来ない」

時子は心から母に同情をしている。薄気味悪いほど。自分がされた事を忘れている訳じゃないけど、それを母の罪として数えあげない。

でも、カウンセリングが進めばその気持ちも段々変わるでしょう。時子の中にだって怒りと恨みはあり、それは“彰”という別人格の形になっているのですから。


今回は長くなりましたね。お読み下さり、有難うございました。いつもお読み下さる方へ、感謝します。それでは、また読みに来て下さると嬉しいです。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎