八人の住人
77話 トラブルと卑怯者
こんばんは、五樹です。
ここ一週間と少しの話ですが、「統合された時子」は現れる事がなくなりました。
カウンセラーの話では、こうです。
「統合された時子さんは、恐怖が抜け落ちているように見えました。そこを包括せずに統合していた…だから、今度は恐怖も取り込んで、一緒になれるといいんですけど…」
確かにそうでした。統合した状態の時子は、怖がる物が一つもありませんでした。前のカウンセラーが亡くなった報せを聞いた時ですら、「新しいカウンセラーさんを探さなくちゃ」と口にしたのです。
どこかに無理が掛かっていた。それは僕も感じていた事です。それでおそらく、統合の状態を保つ事は出来なくなった。
ここ数日は、主に「弱々しい主人格の時子」が表に出ていて、彼女が休息を取らなかったり、食事をしてくれない時だけ、僕が出てきてそれらを済ませました。
彼女が目を覚ますのは、大抵真夜中です。彼女の安息は、眠っている時にしか得られません。起きている間は、自分の認識に苦しめられるからです。
「誰も自分を必要としない」
「誰も彼もが自分を責めたいと思っているだろう」
「自分は何も出来ない役立ずだ」
彼女はそうした思い込みに責められ、耐えられなくなったら、たとえ起きた直後であろうと、朝だろうと、寝る薬を飲んでしまいます。その事で、昨日トラブルが起きました。その話に移りましょう。
昨日、時子は辛くなって、昼の3時に寝る薬を飲んでしまいました。
それはちょうど夫君に電話を掛けていた時です。そのまま電話中に、時子は僕に交代しました。
僕は目覚めて、夫君にこう言いました。
「薬を飲んだね」
僕、五樹に交代した事、「薬」というのが寝る薬の事であるのは、夫君はすぐに分かったようです。
「そうか…仕方ないとは言え、俺、それについては困ってるんだよ。「精神科で2倍量を出して下さいって相談して、いいよって言ってもらえたなら飲んでいいよ」って言いたいんだけどさ」
「おい、そんな言い方はないだろう。そんな事を医者に聞いても無理だと分かってるんだから、そういう言い方をしたらこの子が追い詰められるじゃないか。もう追い詰められ切ってるんだ。他にいくらでも言い方はあるだろ?」
「…薬は、なくなってないよな?」
「それはちゃんとこの子だって考えてますよ。余った薬を飲んだだけです」
「そうか。薬が余ってるからいけないんだな」
僕はそれを聞いて、怒りました。
つまり夫君は、時子が窮状から逃れる為に出来る事が、薬を飲む事しかないのだとは理解していなかった。「薬の余裕が無ければ飲まなくなるだろう」なんて、甘い考えだったのです。
時子だって、めちゃくちゃな時間に薬を飲んではいけないなんて、重々分かっています。でも、辛くて辛くて、それしか方法がないのです。それを解りもせずに制約を設けようとするなんて、以ての外です。
僕は怒りました。でも、言い返しはしませんでした。もっと効果的な方法があったのです。
僕は電話を切ってからTwitterを開き、自分もそれに賛同しているかのような口ぶりで、夫君が言った全てを書きました。
「夫君は、「精神科で2倍量の薬を出してもらえるか相談して、いいも言われたなら飲んでいいのに」、「薬が余ってるから飲んでしまうので、良くない」と言っていましたよ。彼は心配で受け入れ難いようです。時には辛抱も必要ですよ」
大体そんな内容を書きました。
恐らく時子は大混乱に陥って、追い詰められて暴走するだろうと分かっていました。その位の事が起きなきゃ、夫君は解らないだろうと思ったのです。
時子にはとても申し訳なかったですが、案の定、彼女は僕のツイートを見て、大きく動揺しました。
「どうしよう。これ以上頑張りようがないのに…他の方法が思いつかない。切るとか、お酒を飲むくらいしか…でも、やってみるしかないよね、頑張ります」
その哀切な様子は、後で夫君も読んで、やっと反省してくれたようです。その後彼は、時子に謝っていました。
皆さん、僕の行動理念は、「時子の為」ではありません。「時子が喜ぶならなんでもいい」という、本当に身勝手な物です。だから、こんな卑怯な手も使います。
今回、僕は何をしたのでしょうか。彼女の力になれたと、果たして言えるのでしょうか。
今回は少し長くなってしまいましたね。お読み頂きまして、有難うございました。また来て下さると嬉しいです。それでは、また。