小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

八人の住人

INDEX|96ページ/152ページ|

次のページ前のページ
 

77話 トラブルと卑怯者






こんばんは、五樹です。


ここ一週間と少しの話ですが、「統合された時子」は現れる事がなくなりました。

カウンセラーの話では、こうです。

「統合された時子さんは、恐怖が抜け落ちているように見えました。そこを包括せずに統合していた…だから、今度は恐怖も取り込んで、一緒になれるといいんですけど…」

確かにそうでした。統合した状態の時子は、怖がる物が一つもありませんでした。前のカウンセラーが亡くなった報せを聞いた時ですら、「新しいカウンセラーさんを探さなくちゃ」と口にしたのです。

どこかに無理が掛かっていた。それは僕も感じていた事です。それでおそらく、統合の状態を保つ事は出来なくなった。


ここ数日は、主に「弱々しい主人格の時子」が表に出ていて、彼女が休息を取らなかったり、食事をしてくれない時だけ、僕が出てきてそれらを済ませました。

彼女が目を覚ますのは、大抵真夜中です。彼女の安息は、眠っている時にしか得られません。起きている間は、自分の認識に苦しめられるからです。

「誰も自分を必要としない」

「誰も彼もが自分を責めたいと思っているだろう」

「自分は何も出来ない役立ずだ」

彼女はそうした思い込みに責められ、耐えられなくなったら、たとえ起きた直後であろうと、朝だろうと、寝る薬を飲んでしまいます。その事で、昨日トラブルが起きました。その話に移りましょう。


昨日、時子は辛くなって、昼の3時に寝る薬を飲んでしまいました。

それはちょうど夫君に電話を掛けていた時です。そのまま電話中に、時子は僕に交代しました。

僕は目覚めて、夫君にこう言いました。

「薬を飲んだね」

僕、五樹に交代した事、「薬」というのが寝る薬の事であるのは、夫君はすぐに分かったようです。

「そうか…仕方ないとは言え、俺、それについては困ってるんだよ。「精神科で2倍量を出して下さいって相談して、いいよって言ってもらえたなら飲んでいいよ」って言いたいんだけどさ」

「おい、そんな言い方はないだろう。そんな事を医者に聞いても無理だと分かってるんだから、そういう言い方をしたらこの子が追い詰められるじゃないか。もう追い詰められ切ってるんだ。他にいくらでも言い方はあるだろ?」

「…薬は、なくなってないよな?」

「それはちゃんとこの子だって考えてますよ。余った薬を飲んだだけです」

「そうか。薬が余ってるからいけないんだな」

僕はそれを聞いて、怒りました。

つまり夫君は、時子が窮状から逃れる為に出来る事が、薬を飲む事しかないのだとは理解していなかった。「薬の余裕が無ければ飲まなくなるだろう」なんて、甘い考えだったのです。

時子だって、めちゃくちゃな時間に薬を飲んではいけないなんて、重々分かっています。でも、辛くて辛くて、それしか方法がないのです。それを解りもせずに制約を設けようとするなんて、以ての外です。

僕は怒りました。でも、言い返しはしませんでした。もっと効果的な方法があったのです。

僕は電話を切ってからTwitterを開き、自分もそれに賛同しているかのような口ぶりで、夫君が言った全てを書きました。

「夫君は、「精神科で2倍量の薬を出してもらえるか相談して、いいも言われたなら飲んでいいのに」、「薬が余ってるから飲んでしまうので、良くない」と言っていましたよ。彼は心配で受け入れ難いようです。時には辛抱も必要ですよ」

大体そんな内容を書きました。

恐らく時子は大混乱に陥って、追い詰められて暴走するだろうと分かっていました。その位の事が起きなきゃ、夫君は解らないだろうと思ったのです。

時子にはとても申し訳なかったですが、案の定、彼女は僕のツイートを見て、大きく動揺しました。

「どうしよう。これ以上頑張りようがないのに…他の方法が思いつかない。切るとか、お酒を飲むくらいしか…でも、やってみるしかないよね、頑張ります」

その哀切な様子は、後で夫君も読んで、やっと反省してくれたようです。その後彼は、時子に謝っていました。


皆さん、僕の行動理念は、「時子の為」ではありません。「時子が喜ぶならなんでもいい」という、本当に身勝手な物です。だから、こんな卑怯な手も使います。

今回、僕は何をしたのでしょうか。彼女の力になれたと、果たして言えるのでしょうか。


今回は少し長くなってしまいましたね。お読み頂きまして、有難うございました。また来て下さると嬉しいです。それでは、また。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎