八人の住人
69話 カウンセリングルームにて・5
「現在は、統合がされています。多分一時的な物で、いつかほどけてしまうと思うんですが。統合は頻繁にされるんです」
私は昨日、カウンセリングルームでそう言いました。カウンセラーは、それを聞いてこう言いました。
「そうですか。では、出来るだけ長く、一緒になっている時間を維持出来るといいですね」
その日のカウンセリングでは、こんな話を聞きました。
カウンセラーが出してきたスマートフォンの画面には図が示されていて、それぞれ違う色に塗りつぶされた3行の文字と、数字の目盛りでした。
上から、「闘争逃走」、「穏やか」、「シャットダウン」と書いてあり、「闘争逃走」は赤い帯に、「穏やか」は黄色で、「シャットダウン」の書かれた所は青く塗り潰されていました。
横に書かれた目盛りは、「穏やか」の真ん中辺りが「50」と書かれており、後は上下の幅があるのが解るくらいで、その他に数字はほとんどありませんでした。
「「闘争逃走」というのは、逃げたり、闘ったりするために、気を張り詰めている状態ですね。そして、「穏やか」は、気が楽になっている」
カウンセラーは丁寧に指差す所を変えて、柔らかく話します。
「「闘争逃走」の状態で気が張り詰め過ぎたり、「穏やか」の所から落ち込んでいったりすると、「シャットダウン」になります。この「シャットダウン」の時に、「耐えられないんだ」と思って、人格の交代が起きたりするんです」
私もその説明を充分飲み込めましたが、よく考えられた図式だと思いました。
以前、「弱々しい時子」だった私が現実から逃避する為、人格を交代していた時。
それはいつも、家事を頑張り過ぎて疲労し過ぎたり、人前に出て緊張が高まり過ぎた時などでした。いつも、“過剰な負担”の後だったのです。
私達は何も、気分で表に出る人格が変わったりする訳ではなく、必要に応じて交代していました。
だから、ケア役の「五樹」が一番出番が多かった。
「それから、この「穏やか」の所からあまり外れないで生活していると、だんだんこの「穏やか」が広がって、負担なく出来る事が、増えていきます」
カウンセラーはそう言って、同じ画面に大きな波線が敷かれた画面を出して見せます。
「逃走闘争」から「シャットダウン」へと上下していた波線が、「穏やか」の中へ収まり切る。私はそれを見て、こう言いました。
「無理に出来る事を増やそうとして、行動から始めてしまうと、シャットダウンされてしまうものですね?」
カウンセラーは大きく頷き、笑います。
「そうですね。自然に出来る時が、来ますので…」
様々に納得して、カウンセリングは終わりました。
私は今、ほとんど家事をしなくなりました。
精神科医からも、「入院はどうですか?出来ませんか?」と心配される事もある位、うつ状態は重いです。そうすると、無理に家事をするのは困難です。
以前の私はそれが分からず、「やらなくちゃ」と焦ってばかりでした。
ですが、恐らく「五樹」を吸収出来た事で、気持ちの落ち着きを得て、「無理をしても悪くなるだけ」と、やっと理解出来ました。
でも、家事をやめてから、少し困った事があります。
今まで食事はしっかり摂れていたはずなのに、急に食欲が無くなってしまったのです。
“まさか、今まで食べていたのは、活動によるストレスからの食欲があったからなのか?何もしないでいたら、ただうつ状態から食べられなくなるのか?”
でも、寝る前の薬を飲むといくらか食欲が出るので、昨日はペペロンチーノを作って、半分程食べました。
統合がいつまで保たれるか分かりませんが、目下の問題は食欲です。今日も退屈なので、そろそろ眠る薬を飲んでしまおうと思っているので、それで食欲が出れば何か食べるでしょう。
お読み下さいまして、有難うございます。また読みに来て下さると嬉しいです。それでは、また。