八人の住人
67話 悠君、からかわれる
こんにちは、五樹です。昨日目立ったトピックスがあったので、それを書きましょう。
昨日、時子は、夫との共通の知人で、元は夫の友人だった、「サトウさん」の家を、初めて訪れました。「六人の住人」でサトウさんは一度出てきましたね。
時子が他人の家に上がるなんて事は、ほとんどありません。普通だって「ちょっと緊張するわ」という位なのだから、他者が怖くて家に篭っているような時子に、そのような選択肢はないのです。
ですが、先日誕生日だったサトウさんに、プレゼントとして買ってあげたコーヒー豆を渡してあげたいと、時子が自分から進んで、サトウさんに連絡をしました。
さて夫君に車を出してもらい、サトウさんの家に着いて、三人でお茶を飲んでいた時です。
すでに時子の疲労は濃く、一度僕に交代しましたが、サトウさんはその時は気づかなかったようでした。
それから時子が目を覚ますと、彼女ら少し混乱しましたが、最近は交代にも慣れていたので、時間を確かめる位でした。
彼女は、“自分は疲れているから、もう帰らないと”と、自覚していました。でも夫君とサトウさんは楽しそうに話をしている。なかなか切り出せないでいる内に、今回の主人公、「悠」が目を覚まします。
悠が目を開けると、そこは見知らぬ一軒家らしき所で、全体が木で組まれた、暖かいリビングでした。
天井は高く、傍に灯油ストーブがあり、その上では、やかんの中の湯がしゅんしゅんと沸き続けています。
悠と、その他の大人は皆、床に敷いた座布団に座り、小さな木のテーブルを囲んでいました。テーブルの上には、三つの湯のみがあります。
「あ…の…」
悠には、時子の記憶も、僕の記憶も見る事が出来ません。
だから悠は、自分がなぜ今の家に住んでいるのか分かりません。早く母親の家に帰りたくて、一緒に住んでいる男性が、主人格の夫だという事も、理解出来ないのです。自分の世界しかない子供が、「悠」です。
「あの」を詰まらせて、それっきり何も言えなくなった悠は、隣に居た「おじさん」を見つめました。でもそこで、前に座っていたサトウさんが声を掛けます。
「あなたは?誰ですか?」
「僕、悠君…」
怖々ながら返事をすると、サトウさんは「よろしく」と言います。悠も、「よろしくお願いします」と返して、ぺこっと頭を下げました。
「悠君、この人ね、サトウさん」
「あっ、うん…」
「悠君、お茶飲む?ほうじ茶」
「あ、うん…ありがとうございます…」
サトウさんは、悠の前にあった湯のみに、3杯目のほうじ茶を注いでくれました。
少しの間は、その日にどうしてそこに居たのかの話をしていましたが、やはり悠はこう言い始めました。
「ねえ、僕はママの家には帰れないの?いつになったら連れてってくれる?」
すると、そこに居た五十過ぎの男性二人は、ちらっと目配せを交わし合い、こんな話が始まりました。
「おじさんね、実は悠君を誘拐してきたんだよ」
時子の夫は大層楽しそうでした。
「えっ!」
「今日はね、このサトウさんに、悠君を売りに来たんだ」
そう言って、夫君はサトウさんの方へ手のひらを向けます。
「えっ…なんで…」
「300円だったよ」
サトウさんは、筋書きを崩さないようにか、黙って神妙な顔で頷いていました。
「えっ!じゃあその300円、僕にくんなきゃダメだよ!」
悠はもうすっかり混乱してしまっていました。
「300円でいいの?」
夫君はクスクス笑って、悠をからかい続けます。
「ダメー!」
「サトウさんはね、子供を食べちゃうんだ」
「やだあ…」
「それでね、あの庭に埋めるんだよ」
夫君は、たまたまそこに見つけた窓の外の庭を指差していました。
その後も悠はからかわれ続け、すっかり怯えて引っ込んでしまい、直後に目を覚ましたのは僕でした。
僕は一先ず両手で顔をこすり、だーっと息を吐いてから、手に負えない大人達を見遣ります。
「勘弁してくれよ二人とも。あいつはさっきの話を信じられる土台があるんだ。自分がなんでここに居るのか知らないんだからな」
まさか、50歳を越えた大人が病人をからかうはずがないと思っていたので、僕は呆れさえしました。
これでは、次に悠が出てきたら夫君は誘拐犯扱いしかされないし、悠は「おうちに帰して」と繰り返すでしょう。まあいつもと変わりはないかもしれませんが。
これが時子の演技であったなら、からかわれても問題はないですが、真っ正直に何も知らない、“7歳児の記憶”が「悠」なのですから、もう少し気を配って欲しかったと思います。
といった所で、今回は終わろうと思います。少し長くなりましたね。お読み下さいまして、有難うございました。また来てくれると嬉しいです。それでは、また。