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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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65話 スピード






おはようございます、五樹です。


さて、皆さんには時子はどのような人に見えるでしょうか。僕がたまに語る彼女の様子は、少し個人的な偏りがあるから、分からないでしょうか。

今日は、彼女のスピードの話をしましょう。


時子は、急いでいます。生き急いでいるのではない。死に向かって急いでいるのです。

彼女は「いつか死んで楽になれる」という、生きとし生けるもの全てが確約された救いをアテにして、今の苦痛をしのいでいます。

表現が大袈裟過ぎましたが、これを時子の日常に当てはめます。


朝起きて、世界を受け止める。そこに時子が望んだ、母が居る穏やかな家庭は無い。それを特に意識している訳ではないけど、彼女は「また何も無い毎日が始まった」と失望します。

それから、夫が起きるまで、皿洗いや、洗濯物畳み、米を研いだり、掃除をしたり。

時子が目覚めるのは深夜で、目覚めたばかりの時しか力を保てない程、彼女の眠りは短いです。


3時間半〜6時間程しか眠れず、力の足りない朝に絶望したら、家事をして夫の起床を待つ。強いうつ症状を抱えている人間がやっていい生活ではありません。


時子を支えてくれている夫君の存在は、時子にとって良い物であるはずが、時子は夫君の為に一生懸命働くので、彼女はくたびれ切ってしまいます。

時子は“同居している人間には尽くさなければいけない”と、母親との生活で刷り込まれました。

夫君は家事の努力など要求していません。「俺が全部やるから休んでてよ」とまで言っています。でも、時子はやってしまう。くたびれるまで。

だから、僕、五樹は、せめて時子本人が頑張ってしまってくたびれないように、出てきたら家事を片付け、休んでおきます。僕には、うつ症状による苦痛はありませんから。

僕は昨晩、彼女にこう言いました。


“カウンセリングに通院、自宅療養、家事と、生活。

君には、やる事が山積みで辛い毎日が始まるように感じるかもしれませんが、それは急いだ場合です。全く急ぐ事はありません。辛かったらやめましょう。

辛い方法で進もうとすれば、それは新たな障壁になるだけです。少しずつですよ”

彼女はこう答えました。

「私…元から遅いと思うけど?」


人には、その人に合ったスピードがあります。

時子の今のスピードは、母親から躾られた超高速よりはずっと遅い。それは認めましょう。

でも、今の彼女には誰もそんな速さは求めていないし、そもそも、家事なんて適当でいいんです。

僕達は何遍か交代し、Twitterで会話をしました。


“全然自宅療養になっていません。体力の余裕を義務感に傾けていたら、療養なんて出来ません。「何もしないで休んでいていい」とお墨付きまでもらっているんですから、もう少し手を弛めて下さい”

「だから、それじゃ家が回らないよ。でも、最近の私は、あんまり家事してないよね?五樹さんがやってばかり…」


この後も2回ほど交代して彼女と話しましたが、彼女は少し落ち着いて聞いてくれました。

「休んでいていいと言われるなら、少しホッとするけど、やっぱりそれじゃダメな気がして…」


でも、僕達は何回も交代していたので、その事がストレスになったのか、時子は早くに就寝前の薬を飲み、眠ってしまいました。僕は、昨晩の8時頃に起きてから、二度ほど眠って体力を回復させたところです。


少しずつですが、時子は僕の意見に耳を傾けてくれるようになりました。僕の事を、“自分を客観視出来る存在”と思ってくれているみたいです。

僕は彼女に伝え続けます。「もういいんだ」と。


さて、僕はそろそろ食事にします。お読み下さいまして、有難うございました。それでは、また。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎