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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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59話 変わっていく世界






おはようございます、五樹です。先ほど時子は3時に目を覚まし、眠いのに眠れない辛さから逃れる為、僕に交代しました。


前話で、「明日は音楽ライブに一人で行くと言うので」と書いたと思います。

結論として、音楽ライブには行って、途中で帰りました。


昨日の朝、時子は体調が良くなく、「今日のライブは行かない。毎日体調が悪いんだから、もう音楽ライブは視野に入れない」と言っていました。それはふてくされている訳ではなく。

好きなミュージシャンのチケットを手に入れ、ライブハウスの前まで来たのに、そこに並んでいた聴衆の多さに怖がって、僕と交代する。そんな事が二度程ありました。

時子は、人が怖い。大好きなミュージシャンのライブでもそれは変わらない。でも、その為に全部諦めるなんて、彼女が気の毒です。だから僕は、昨日の日中、数時間眠って疲労を回復させた後で、こう書き残しておきました。

“目が覚めたら、体調を確かめて、本当に行かなくていいのか考えなさい”

その後、時子は目覚めて僕の発言を見つけます。

「嫌だよ、本当に体調悪いもん。私もう寝る」

彼女はそう言って、まだ昼の2時だと言うのに、就寝前の薬を飲んでしまい、そのまま眠りました。

時子がもう一度目覚めたのは、夕方5時半。でも、少しだけ眠って彼女は調子を取り戻したのか、「ライブに行く!」と元気を出してくれました。

“多分僕と交代はするだろうけど、きっと最後まで楽しめるだろう”

僕はそう思っていて、電車に乗り、駅前のバーに入って行った時子を見ていました。


狭いバーのカウンターには、見知らぬ老人が二人並んでいたし、マスターやママも目の前に居る。加えて、演奏者はカウンターの後ろのボックス席で、話をしながら食事をしていた。その空間が狭いからこそ、時子は大いに苦しんでいました。

時子は、狭い空間に人と詰め込まれるのが苦手です。過去、家庭という密室では虐待を受け、学校という社会でも暴行をされたから。

でも彼女は、目の前の人が自分に害なす人じゃないと頭では分かっているから、努めて警戒していないように振る舞います。

“怖いなんて言ったら失礼だし、みんな優しいはずだもの”

本当は怖くて仕方ない、今すぐ逃げ戻りたいのに、彼女はいつも人懐こい女性を演じます。


“やっぱりダメだったか”

1ステージ目が終わってすぐに交代させられた僕は、ちょっと息を吐き、目の前にあったウイスキーを飲みました。

その後、夫君が、時子の迎えも兼ねて、バーに現れるまでに、もう一度時子は目を覚まします。でももう限界だった。

「眠い。疲れちゃった」

こっそりと夫君にそう耳打ちしていましたが、時子はまだ頑張る気でいた。その後、2ステージ目が始まって少ししてから、また僕に交代します。

時子と交代した時には、いつも僕は濃い疲労を感じていました。でも、今度は僕にもすぐには解消出来ない程、疲労は強かったのです。

“これ以上ここに居させたら、明日も落ち込む位に疲れてしまう”

僕はそう感じ、夫君に「もう帰ろう。これ以上は無理だ」と伝え、その場を出ました。


時子には今、耐えられる事がほとんどありません。でもそれは、前に進んでいるから。

生まれてから十数年は、時子にとって全てが、耐えなければ死ぬしかない生活でした。家庭という密室で暴力を受けていたからです。

その環境から抜け出しても、疲労や苦痛はまだ止まなかった。過去のストレスを、心身が反芻し続けていた。PTSDとは、そういう病気です。だから時子には、耐える事しか出来なかった。

でも、カウンセリングに通い始めてからは、少しずつ自分の辛さを優先させられるようになって、無理に耐える事をやめてくれたんです。

時子から見えている世界が、変化し始めています。それは、まだまだ恐ろしい世界。彼女にはやっと怯える事が許されたのです。辛く、苦しい道でした。

時子が今回の事を悪く取らないで、今日も自分の為に、気を休めてやって欲しいと思います。


いつもいつも重々しい話題ですみません。気が向きましたら、また読みに来て頂けると嬉しいです。それでは、また。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎