八人の住人
57話 しちゃいけない約束
おはようございます、五樹です。僕は今、混乱しています。
昨晩、時子はとても状態が悪かったと思います。それで彼女は、僕を一時的に受け容れられなくなってしまいました。
それだけなら大した問題ではありませんでしたが、時子は僕に答えを求め、「何かお話ししてみて。そうしたらあなたの事が理解出来るかも」と言ったのです。
時子は、交代人格が自分に居る事を、受け容れていませんでした。それはそうかもしれないです。僕達が現れるようになって、自分の知らない自分という奇妙な現象が立ち現れて、まだ二年です。異常な現象に慣れるのに、二年以上かかるのは自然かもしれません。
僕は戸惑いましたが、自分が生まれた理由になった、時子の23歳の時のショックについて述べました。
僕は、当時23歳だった時子の、同い年の友人が自死をした事によって生まれた。僕の性質は時子を支えるように出来ている。逆に言えば、時子は、自分を支える術を捨てたのだ。友人の死を忘れたくなくて、悲しみを自分から取り去るのを拒否する為。
僕は最後に、時子には幸福になって欲しいと告げました。でも、彼女はそれをよしとしなかったのです。
僕はいくらか責められ、彼女は、要約すると、このような事を言いました。
「私は悲しみから離れるなんて嫌。幸福なんて望んでない。どうしてそれが分からないの」
いいえ、僕は分かっていました。だからこう返しました。
“君の悲しみに寄り添う事は出来る。でも、それをしてしまったら、君は安心してそこから永遠に離れなくなってしまうんじゃないかと、怖いんだ”
そうすると、こんなふうに帰ってきた。
「出来るなら、どうしてやってくれないの?」
多分、この時の僕に、言葉を選べる運命は与えられていなかったでしょう。でも、僕は二人とも自滅する道は嫌でした。
これは、ほとんど僕の台詞そのままです。
“君は優し過ぎた。それから、君にとって、自分は大事ではなかった。不幸を望んで生きるなんて、どうしてするのか。それは解っている。でも、そうしていて欲しいとは言えない。それでも、解っているから、やめろとは言わないです。僕も、とても悲しいです”
僕はやっぱり、彼女に寄り添うなんて自分には出来なかったのだと思いました。でも、これが答えとして決定打になった。
僕の言葉を読んで、彼女は満足そうに微笑みます。僕は、ほとんど初めて彼女が自然に微笑んだのを感じて、驚きました。その後、こんな事を言われました。
「ありがとう。私、多分、私を見て苦しんで、悲しんで欲しかったんだと思う。だって、私を理解出来たら、少しは悲しくなると思うから。それでもそばに居てくれる誰かが欲しかったのかな。こんな私でごめんね。ありがとう」
それが、彼女が求める“寄り添う”という事だった。陽気な人に寄り添うのは笑えばいい。悲しむ人に寄り添うというのは、悲しむ事だった。そんな単純な話かもしれません。
でも、僕はすぐさま自分を責めたくなりました。
彼女はその後、「安心した」と言っていました。でも、時子の現状は、とても安心して良い物ではありません。彼女には、まだまだ取り去られていない苦しみが多過ぎる。
「統合はしない」とも彼女は言いました。時子は僕が擬似的に他者である事を望み、彼女が本当に回復する道を、また拒否しました。
これではまるで、44話でお話しした、僕達の錯誤がまた繰り返されたかのようです。
今の所、話は落ち着いてしまいました。でも、僕はそれでいいとは思えません。また近く、変化したらお話しすると思いますが、いつになるかは分かりません。ひとまず、お読み頂き有難うございました。それでは、また。