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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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55話 言葉にならない






こんばんは、五樹です。

昨日はさして目ぼしい話題もなく、平穏に一日が終わり、いつも通り、時子は深夜に目覚めました。でも、目覚めた時から、僕に交代していたのです。

ショックや不安が無いのに、なんでいつも交代しているの?という疑問を持った方が居るかもしれません。

いえいえとんでもない。時子の日々は、元からショックと不安だらけです。


彼女には、耐えられない事が二つあります。

一つは、身近な人の死。もう一つは、自らの孤独です。


以前、「時子は孤独の殻に閉じこもる事で自分が傷付くのを守った」という話を何度かしたと思います。でも、それは「孤独に耐えられる」という事とイコールにはなりません。彼女は孤独にも耐えられていないのです。

でも、時子は「自らの孤独が苦痛だ」と改めて考える事はありません。そして多分、自分が孤独感に苛まれている事は、知らないと思います。これから順を追って説明します。


僕が交代するのは、時子がくたびれ切った時が多いです。でも、もう一つ、彼女が一人きりの家を苦痛に感じた時にも、僕は現れます。

現在、真夜中なので夫君は寝室で就寝中です。時子はそれが苦痛だから、僕を目覚めさせたのでしょう。

ええ?家に居てくれてるのに、孤独って変じゃない?と、そう思った方が居るかもしれません。

いえいえ、時子にとっては、「そばに居て、話しかければ返事をくれる、こちらを見てくれている」という条件を誰かが保証してくれなければ、それは孤独とイコールなのです。

夫君は、「もう寝ちゃうの?」とよく駄々をこねる時子に、じっと辛抱して、「ごめんね、おやすみ」と言ってくれています。

そうして独りになってしまうと、時子はゆるりと僕に交代するだけして、泣いたり悲しんだりはしません。


時子が過敏な程に“一人”を怖がるのは、幼い頃に親から甘やかされた事が無いからです。

だから、「常にそばに居ておしゃべりをしてくれる」という、まるで母親のような役目を、周囲に求めるのです。

そして、“一人”を怖がっている自分を知らずに、ただ僕と交代をするだけなのも、理由が幼い頃にあるからです。


幼い頃子供らしく過ごせなかった子供は、不安定な大人になります。それは誰が考えても同じ答えになるでしょう。

でも、それをきちんと言葉にしたり、感覚で掴み取って周りに苦痛を訴える事が出来ないのも、あまりに幼かった時に起こった出来事だったから、その当時に言葉に出来なかったからなのです。

その苦痛は時子の心にしっかりと痕を残し、彼女は物理的な孤独を酷く怖がるようになってしまったのです。

でも彼女は、母親からの虐待によって「人は恐ろしい者だ」と学んでしまったので、人と居るのも怖いと感じます。人と心を通わせるなんて、夢のまた夢。

孤独であっても、そうでなくても、彼女にとってはどちらも恐ろしいのです。


僕は、そんな彼女の実情を眺めていると、とてもやり切れない気持ちになる事があります。

僕は、時子の生き方を、原因や理由、記憶を絡めて理解出来ます。

彼女は孤独の中から出てこられず、それでも孤独に切り裂かれ続けている。人も恐ろしい。孤独も恐ろしい。“だから早く死にたい”と願う。

僕の日々は、磔にされた女性が鞭打たれているのを、自分も磔になって、ただ無力に、見せ続けられているようです。

交代してあげて、その時だけ痛みを感じないようにする事は出来る。でも、それだけ。痛みの元は根絶されません。僕に出来る事はごく微々たる助けです。ほとんど何の意味もなさない。


「平穏」と言ったのに、暗い話題になってしまい、すみません。今日はこの辺にしておきましょう。お読み頂きまして、有難うございました。それでは、また。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎