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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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45話 五度目の統合






おはようございます、時子です。


前話で、「時子」と「五樹」が恋愛関係を始めたという話をしました。そこからの事を、なるべく簡素に説明します。


まず、「時子」は無邪気に恋愛を楽しんでいて、「五樹」はそれをずっと不安がっていました。

「五樹」という人格には、「時子を守り、幸福にする」という“役割”がありました。

「五樹」の思う「時子」の幸福とは、“夫に愛され、周囲から優しく見守られる、温かい人生”でした。だから「五樹」は、自分と「時子」の恋愛関係は邪魔になる物だと思っていた。

やがて「時子」もそれを思い出し、二人の関係は僅か二日で終わってしまいます。


“ごめんね、こんな事になって。中途半端な事した私が悪かったの”

時子が謝ると、五樹はこう返します。

“いい。元に戻っただけだ。気にする事はないよ”

“そうかな…”


「時子」は数日、“「五樹」を傷つけたんじゃないか”と気にし続けますが、それをいつも「五樹」は突っぱねていました。

“僕の幸福とか気持ちとか、そんなんどうでもいいんだよ。そんなありもしない物を気遣う位なら、自分の事をなんとかしてくれ”

その言葉を聴いた時、「時子」は「五樹」が何なのか分からなくなりました。

“人間を語るのに、“気持ち”とか“幸福”って、抜きに出来る物なの…?”

「五樹」は自分の一部で、自分を肯定する為の人格だから、自分の為に行動するのは当たり前で、ほとんど全部意のままになる存在。それが「時子」には分かりませんでした。


それから、「五樹」にも大きなショックがありました。「五樹」に起きる筈のないフラッシュバックが、彼に起こったのです。

それは「時子」の夫との会話から始まり、些細な事なのに、「五樹」は泣いて謝り、謝るのが止まらなくなってしまいました。

それは、「時子」が過去に経験した、“母親にどんなに謝っても許してもらえない”という生活の再現でした。でも、そのトラウマを「五樹」が持っている筈はありません。フラッシュバックは主人格にしか起こり得ないのです。

だから、泣きながら「五樹」は、「おかしいな、これは僕と時子が混じってる」と口走りました。


その後、ほんの少しではありましたが、「五樹」の物だった筈の記憶を「時子」が思い出したり、「五樹」が好きだった食べ物飲み物を「時子」が口にしたりと、“混じり”は大きくなっていきました。


そして昨日の晩、「時子」は昼寝から目を覚ました時。

段々と「五樹」の物だった記憶を思い出して、全てを自分の物にする作業が頭の中で進んでいるのを感じ、「時子」はそのままそれを見守っていました。

“息が楽になっていく”

“恐怖や不安、悲しみが小さくなっていく”

“統合されていくんだ”


それから、今日になった現在も統合は壊れていません。

でも、今の私には、「彰」の怒りや、「桔梗」の絶望、「五樹」の行動力を支えていく気力体力があるようには思えません。

些細なきっかけで、この統合はまた崩れてしまうように思います。


明日は、カウンセリングではなく精神科の通院日。それから夫の休日です。それでは皆様、お読み下さいまして、有難うございました。また次のお話でお会い出来たら嬉しいです。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎