小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

八人の住人

INDEX|63ページ/152ページ|

次のページ前のページ
 

44話 成就?






おはようございます、五樹です。大変な事になりました。


まさかそうなるとは思いませんでしたが、僕は時子から、「あなたの事、好きかも」と言われました。

順を追って説明しましょう。「チョコレート騒動」の所から話さなければ分からないと思います。


僕は「自分にバレンタインチョコレートをくれようなんて人は居ないから」と言い、「それなら私が」と時子はチョコレートを買ってきてしまいました。でも話はそこで終わらなかった。

「チョコレート騒動」を読み、まだ僕が彼女を見詰め続けているのを思い出した時子。彼女は色々と周りに相談してみて、一体どうすればいいのか考えていました。

もちろん、相談を受ける人は時子を大事に思っている人ばかりです。時子の事を大事に思うし、僕の気持ちなんて時子にどうにか出来る物ではないから、みんな「仕方がない事だから、放っておいた方がいい」と助言しました。僕はそれが辛かったんです。

彼女が僕をどんな風にうるさがっているのか、彼女の口から放たれる言葉。彼女を慰める為、人々が僕の気持ちを遠くに追いやる言葉。

本当ならそんな相談は影で行われて、僕は聴く事は無いはずです。ですが、僕は彼女の記憶の中に生きているので、聴かない訳にはいきません。それで辛くなって、僕は彼女にこう言いました。

“頼むから、もう人に僕の気持ちを喋ったりしないでくれ。僕もその話を聴いていて辛くない訳じゃないんだ”

それを後から目にした彼女は、また更に悩み始め、そして僕は、少し気持ちを口に出してスッキリ出来た事で、彼女への気持ちが暴走し始めます。

僕は彼女に、夫とあまり親密な態度を取るのをやめるように要求しました。でも、そんなの無理な話です。その要求は通してはいけません。でも彼女は、僕が内心から呼び掛ける声に躊躇い、戸惑い、困惑しました。僕が後悔したのは、やっとこの時です。そして、前話「混乱」を書き終えました。

その時には、僕はもう、“自分はこれからも、「五樹」としてだけ生きていく事が出来るだろう”と自信を取り戻していました。でも、あの話が最後のきっかけになってしまったんです。


「これからも、前と変わらず、役割を果たすだけ」。僕がそう言った事で、時子の心は揺らぎました。


“そんなにまで思っているのに、全く放っておくなんて、可哀想じゃないかしら”

時子はそう考え始め、目を閉じ、僕に内心で話し掛けました。僕は目を覚まし、真っ暗闇の頭の中で僕達は会話をしました。


彼女はまず、こう言います。

“私、あなたの事が好きかも”

僕は驚きはしましたが、彼女がどうしてそう思ったのか知っていたので、冷静に返します。

“違うな。君は同情しているだけだ。それでそんな勘違いをするのは良くないよ”

“勘違い、じゃないと思う…”

“とにかく、僕の気は済んだ。だからいいんだ”

“私が良くないの。そこまで考えてもらっていて何も返せないのが、嫌なの”

“それなら、これは僕が始めた事だから、責任を取ろう。あくまでこう言うよ。「君の気持ちまでは必要無い」”


“「責任」って、そういう事?”

僕はそこで、言葉に詰まりました。

“自分で始めといて、ここまで騒いでおいて、「いらないです」って言うなんて、変じゃない?”

僕はそう言われ、返す言葉に困りました。そうなると、陳腐な事しか言えないものです。

“…夫君が許さないでしょ”

“分からないじゃない。聞いてみるよ”

“ダメだ。分かった。分かったけど、夫君には言わないで。誰にも言わないでおきなさい。もしこの事が分かったら、君はまずい立場に立たされるかもしれないんだから”

“分かった…”


その後、時子が内心に引っ込んでいったタイミングで、僕は夫君に訳を話し、「あなたは許さないでしょうが…」と、申し開きをしようかと思いました。でも、彼はこう言ったのです。

「自分を好きになれるのは良い事じゃないか?」

「はあ?」

「別に俺はどうも思わないよ。君達は自分同士だから、何も出来ないしね」

僕はそこで改めて、並々ならぬ器を持った夫君に戦きました。彼が時子を理解する力は、やはり凄まじかった。彼にとっては問題にならなかった。

時子が責められないならいいかと思いましたが、やはり僕は気が咎めました。

「そりゃ、そうですが…」

尻すぼみに消えた僕の声を、もう夫君はさほど気にしていなかったように思います。


結局責任の所在はうやむやのまま、時子と僕は、思い合う仲になってしまいました。


僕はなぜか、“全員を裏切った”という気分になったのです。

嬉しかったけど、僕は時子に、“君は夫に愛されているから、もう安心していい”と伝えて、幸福になって欲しいだけだった。少なくともその予定は狂ったのです。


彼女はこのままでいいのでしょうか。今回の事で幸福を得たのは、僕だけだったような気がして、僕は今、嬉しいのに、不安です。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎