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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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24話 聖夜の願い事






こんばんは、五樹です。クリスマスですね。もしくは、でしたね。

今夜、時子は願い事をしました。“主イエス・キリスト”とやらに向かって。

何も時子は、キリスト教に入信した訳ではありません。ですが、幼い頃から中学校までは、よく日曜学校に呼ばれていました。それは多分、悲惨な境遇にある事を周りも分かっていて、時子を救うため、周りの大人も考えての事だったのでしょう。

時子の願い事は、こうです。


「主よ、私の声が聴こえるなら、早くお召しになって下さい」


イエス・キリストだって、自分の誕生日にそんな事を言われたら、やる気にはならないでしょう。だって、時子は悪い事をした訳でも、現世に居場所が無い訳でもないんですから。


おそらく、そう願っていた時、時子はフラッシュバックを起こしていました。


今日は、夫君の仕事が夜の23時からだったので、二人で買い物に行き、帰宅してから美味しい物を食べて、和やかに好きなアニメを観ていた。

そんな風に楽しく過ごしていた時、まるでその幸せに突然逆らうかのように、彼女の心に寂しさと不安、そして強い強い恐怖が押し寄せたのです。

“足りなくなっちゃう。どんなに入れても、底が抜けてる。幸せにしてもらっても、足りなくなっちゃう”

彼女がそう考える理由は、感覚的には理解しづらいと思いますので、順を追って話します。

彼女は、幸福な家庭には生まれなかった。だから、彼女は幸福がどういう物か、どんな風にすれば享受出来るのか、知りません。受け皿が作られなかったのです。

だから、彼女は今日一日、ずっと自分を監視するように見つめていました。その上で、“このように笑えば、このような事を言えば、幸せそうに見えるだろう”と、一瞬一瞬、弛まず自分を作り変えていました。

でも、そんな演技は長くは続きません。彼女が未だに、自分を“不幸だ”と“思っている”、その事実はまだ塗り替えられていないのです。

思っているだけだとしても、強く思い込めば、それは真実になってしまいます。よく言うでしょう。「お前の中ではそうだってだけだろ」、と。

たった一時でも、時子は幸福の中には居られません。フリなら出来る。でもそれは長くは続かない。喜ばしい事ではないけど、僕に交代出来たのは、良かったと思います。



時子が愛している映画を紹介して終わりましょう。それは、「穢れなき悪戯」という題名です。

主人公は幼い男の子。僧院の前に捨てられてから、僧院で成長します。そして、母親を恋しがる余りに、酷いいたずらっ子になってしまった。それは、世話をしている僧侶達も、困り果てるばかり。

でも男の子は、倉庫でキリスト像を見つけ、パンとワインを運ぶようになったのです。ほどなくして、この世に居場所がなかった男の子は、キリスト像によって、あの世に連れ去られた。そういう映画です。

男の子の名前は、“マルセリーノ”。

時子はたまに、こう言うのです。


マルセリーノがうらやましい。

私も、イエス様に連れて行ってもらいたい。


僕が信じている物は、何もありません。でも、願いならあります。

どうか、時子が幸せになれますように。

お読み下さり、有難うございます。それでは、また。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎