八人の住人
19話 「ミニ」か「ちゃん付け」
こんばんは、五樹です。とは言っても、僕達は夕方に起きたばかりです。
今日の時子は、睡眠導入剤と安定剤を朝8時頃に飲み、起きたのは夕の4時半でした。
眠る前、僕達はまた大きな変化に襲われました。
昨日書いた話からも分かって頂けると思うのですが、昨日の僕達は不安定でした。
そして、朝に眠る前、その子が目覚めたのです。
その“交代”には、何の動きもありませんでした。
朝になるまで僕達は目まぐるしく交代していましたが、7時頃を過ぎる位には、瞬きした後には別の人格になっていたり、その次の瞬きでまた別の人格が目覚めたりしました。そんなに速かった事は初めてです。
桔梗、悠、僕、悠、僕、桔梗…そんな止まらない交代が起こっていた事自体も、僕達にストレスを生んでいました。それが原因だったのかもしれません。
ぱちり。一つ瞬きをした8時半頃に、ある人格が目を覚ましました。僕は驚きました。
その時僕達は寝室に居て、布団に横になり、隣には時子の夫も寝転んでいました。
“彼女”はやにわに起き上がり、時子の夫へ頭を下げます。
「こんにちは」
それはちょうど、子供が神妙な挨拶をするように、高い声が厳しく縮められたような声でした。
「え?こ、こんにちは?」
それまで会ってきたどんな別人格とも、違う振る舞いでした。
“彼女”はしっかりと挨拶をした後で、夫君にこう言います。
「私は、名前がないんです。5歳です。5歳の時に家出をした時、生まれました」
夫君は、いきなり巻き起こった“新人格誕生”についていけず、「は、はあ…」と返しました。
それから“名前の無い彼女”はこう言います。
「名前を考えて下さい」
依然として丁寧に続ける彼女の声が、どこか平坦に聴こえる事に、僕は気付きました。
取って付けたような丁寧さ。そう言うとぴったりはまるかもしれません。
「そんな事言われても、難しいよ…」
人の名前を「考えろ」と言われても、なかなかそんな重大な決定事項に踏み切れるはずもありません。
「適当でいいんです」
ふてくされたように、彼女は続けます。“どうやらこの子は女の子だな”と思ったのは、一人称が「私」で、可愛らしい声だからでした。
「適当になんて、決められないよ…」
「じゃあ、あなたが呼びたい名前にして下さい」
夫君はしばらく頭を捻っていましたが、何も思いつかなかったのでしょう。こう言いました。
「「時子ちゃん」はどう?ちゃん付け」
「いやです!同じ名前にしないで下さい!私達は別々なんですよ!」
そんなふうに彼女が叫ぶ声も、どこかコミカルにふざけていて、本気で怒っている訳ではありませんでした。だから、やっぱり繕っているように聴こえてくる。僕はそんな違和感を感じていました。
その後、話は二転三転しましたが、結局呼び名は「時子ちゃん」に決定したようです。
8時半に「時子ちゃん」が目覚めてから、9時頃になって、すぐに夫君は仕事へ行きました。8時に時子が薬を飲んだので、僕達は10時半頃に眠りました。それまでの間は、時子ちゃんは目覚めませんでした。