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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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11話 彼女の冷たい世界






こんばんは、五樹です。今日は、時子が自分の苦痛への自覚がない事について、話しましょう。

昨日も似たような話をしたように思いますが、今日はまた違った事柄です。


時子は、幼い頃に母親から愛情を受け取る事がなかったので、自分を愛してやる事が出来ません。

親から冷たくされ続けると、自分の価値を否定するような人格に育つ。これは最近「毒親」という言葉が流行りだした事で、ご存知の方が多いでしょう。時子もそうです。

もう一つ、親に乱暴な扱いばかりされると、起こる事があります。

“いつも誰かが自分の傍で自分に優しくしてくれた”という、安心感。それを得て、初めて人は親の愛を知り、愛という物の存在を信じる気になれます。でも、時子にそれは無い。

他人からの愛情を感じられず、自分でも自分を愛する気にもならない。これは大きな大きな苦痛を生みます。

だから彼女は常に怯えていて、自己否定を繰り返し、目の前にある愛を信じる事が出来ません。もう結婚して5年になる、夫の愛もです。

時子が“私はしっかり愛されているんだ”と安心出来なかったので、更に起こった事があります。それは、誰かが傍に居ないと、永遠に寂しいという事。

説明が難しいのですが、幼児期に養育者に甘えさせてもらっていないと、大人になってからも、人間関係を正常に構築させる機能を、上手く働かせられないのです。

それは寂しさだけでなく、人との距離が上手く測れなかったり、極端な考え方をしてしまったりと、起こってくる事は様々です。時子の場合は、寂しさが強く表れました。

人が近くに居る時には寂しさを感じないけど、周りに誰も居ない、例えば家に一人きりの時には、寂しさが消える事は絶対に無い。

時子が生きているのは、そうした寂しく、暗い世界です。

彼女の外側に、どんなに温かい愛情が溢れようとも、彼女自身がそれを感じる為の物を持っていなかったら、それらは無力化されてしまう。

彼女は愛されている事の自覚はなく、そして自分が必死に寂しがっている事の自覚もありません。彼女にはこの生き方が当たり前だから、改めて取り沙汰す必要は無いのです。

夫が「愛してるよ」と口にしても、時子にその言葉は理解出来ません。だから彼女は、なぜ夫が自分の傍に居てくれるのかも、知りません。

彼女にとって夫は今でも、“機嫌次第で自分を捨てるかもしれない人”です。それは、幼い頃時子が相対していた、母親の人間像です。母親から、人間とはそういう者達だと、教わってしまったのです。

なんともやり切れず、悲しい話ですが、僕達は一つ一つ、じっくりと時子にいつも伝えて、やがて彼女が信じてくれるまでやめません。

“どうやらこの人達は、お母さんのように、機嫌次第で愛するのをやめる人達ではないようだぞ?”

時子がそう思って、身を任せてくれるのを待つしかありません。手を休めず、彼女を愛し続けて。


お読み頂き、有難うございました。今日は短く、この辺で失礼します。またお読み下さると嬉しいです。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎