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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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118話 悠くんです






悠くんです。今は、五樹お兄ちゃんはいなくて、悠くんと、五樹お兄ちゃんたちが統合された時子ちゃんしか居ません。この小説を書く人が居ないので、悠くん、頑張って、漢字書きます。


新しい病院での診察は、6回目くらいで、僕たちは、その間、三度は全員統合しましたが、いつも悠くんからほどけてしまいました。ごめんなさい。

だって悠くん、自分でいた方が、楽しいんだもの。でもそれは、時子ちゃんに無理が掛かるんだよって言われたから、多分、次の診察で、悠くん統合です。


昨日の診察での話です。


悠くんだけは統合がほどけてしまいました。ほとんどの人格が統合されてる今も、完全な統合をしていた時も、外出は辛かったですと時子ちゃんが話します。すると先生は、「じゃあ今日は統合は急がずに、外出時のストレスをなんとかしよう」と言いました。昨日の診察は、それがメインでした。


時子ちゃんは目を閉じ、先生がまた脇から軽く背中を叩きます。

「外出に不安を感じてるのは〜?誰かな〜?出てきてくれないかな〜?」

そう言って待っていた時、目が覚めたのは、五樹お兄ちゃんでした。五樹お兄ちゃんは、驚いていました。

「なんでだよ。俺のはずないだろ。俺は外出にストレスなんか感じねえよ」

先生は落ち着いて答えます。

「そっか。いいえ、時子さんの外出時のストレスに関係のある人を呼び出したかっただけだからね」

そこで五樹お兄ちゃんははっとして考え込みます。

「そうか…俺が、外の脅威から、この子を守ってやりたいがあまりに、抑圧しているのかも…」

「ほう。脅威?」

「過去にそりゃあもう酷いいじめを受けてるので。男子生徒に殴る蹴るをやられて。それで、母親だけでなく、外部の人間も信用出来ないんですよ」

「初めて聞きました。いじめは大きなトラウマになります」

今の先生は、時子ちゃんが酷いいじめを受けていたのは、知らなかったようです。その後先生はちょっと考えていましたが、すぐにこう言います。

「じゃあ、安全なところにしまってある、時子さんを起こしてみようか。居そうなところを、目を閉じて探してみて」

五樹お兄ちゃんは目を閉じて、心の中を探ります。するとそこに箱があり、開いてみると、小さな小さな女の子が、指人形くらいの大きさの女の子が眠っていました。

「ちっ、ちゃ。指人形ぐらいしかないですよ。こんなの起こせますかね」

「大丈夫です。五樹くんは、時子さんを守る力だから、その中に入り込むイメージを持って」

「いえ…ちっちゃすぎて、俺が入ったら破裂しそうで怖いんですけど…」

「大丈夫。むしろ、あなたが入ることで、もっと大きくなれます」

「やってみます」

そして五樹お兄ちゃんが、その子に向かって、「時子、君はもう大丈夫だ。もう安全だから」と言い聞かせると、ある子が目覚めました。

その子は目を覚まして顔を上げると、急に泣きだします。

「先生…なんで時子を起こしたの!?時子嫌だったのに!嫌だったから寝てたのに!嫌だったから寝てたのに!ママが居ないもん!」

先生はびっくりしていたけど、すぐにその子を落ち着かせようとします。

「そっか、そっか、ごめんね」

「いや!嫌だから寝てたのに!なんで起こすの!」

癇癪を起こして泣き喚く新しい子は、確かに「時子」と名乗っています。でも、時子ちゃん本人は、子供みたいに泣き喚いたりなんかしない。それで、先生は分かったんだと思います。

「そうかそうか。ママが居なくてさびしかったんだ。でもね、時子さんは今、成長して、結婚もして、安全なところに居るんだよ」

「違う!時子5歳だもん!結婚なんかしないもん!嘘だもん!」

「本当なんだ。今はね、ママは居ないけど、ママは怖かったよね?そのママと離れて、安全なところに居るんだ」

「ママ、居ない…?」

「うん。残念だけど、居ない。でも、それだけ、怖いこともないからね」

「いや!いや!ママが居なきゃいや!」

その後、先生はその子をなんとかなだめすかして、今は安全であるとしっかり教え、その子が納得がいくまで話をしました。途中、「5歳の時子ちゃん」は、ちょっと笑ったりもしたので、警戒は解けていたと思います。

「じゃあ、目を閉じて。先生が肩を後ろから叩くからね。それで数を数えるから。そうしたら、今の時子ちゃんに向かって、成長していきます」

「うん…」

5歳の時子ちゃんは目を閉じ、リラックスします。先生が後ろに立ち、肩を叩いて数を数えていきました。

「6さーい、7さーい、8さーい…」

「あっ!」

そこで、目を閉じたままで5歳の時子ちゃんはちょっと叫びました。

「どうしたの?」

「8が、なんか、やな感じがするの…」

「そっか。じゃあ、その8歳の頃の嫌な感じを、今は大丈夫だよ〜、ママのことが大事だよ〜っていう気持ちで、包んであげよう」

「うん…」

「できたかな?9さーい、10さーい…」


35まで数を数え終わり、目を覚ましたのは、5歳の時子ちゃんと統合された、時子ちゃん本人でした。でも、彼女は酷く狼狽えていました。

驚き、狼狽え、でもぐったりした様子で、時子ちゃんはこう言います。

「私、主人格じゃなかった…」

そこには先生がこう言い添えました。

「基本人格というものです。最初の分離で主人格と離れて、コールドスリープのように眠らされる、いわば、その時点での「本人」なんです」

先生が言うには、基本人格は、普通は、家で親に甘えさせてもらえない事から、分離が起こる人が多いそうです。そして、基本人格は甘えたがりで、親に素直な執着を見せる。だから、5歳の時子ちゃんは、ママを必死に泣いてまで呼んでいた。


その後診察はそこですぐに終わってしまい、時子ちゃんは起こった事に戸惑い続けながら家に帰りました。


僕達は、心の中でいつも、5歳くらいの、ママを呼んで泣いている女の子を見ていました。それが今の時子ちゃん本人だと思っていた。心の中に戻ると、記憶が戻っちゃうんだろうと思っていた。

でもそれは違いました。時子ちゃんの本体は成長しましたが、もっと昔に保存された原始の時子ちゃんが、泣いている女の子の正体だったんです。

前によく五樹お兄ちゃんが、「心の中に戻ると、時子は僕達の言葉なんか聴こえなくなって、5歳くらいの女の子に戻るんだよな」と口にしていましたが、時子ちゃん本人は「そんなの知らないんだけど」と、焦っていました。

知らないわけです。彼女の存在は、30年間も、秘匿され続けてきました。

でもこれからは、ずっと一緒です。もう大丈夫です。


悠くん、今の先生に会えて良かったなと思いました。本当の時子ちゃんに、少しずつ戻っていってます。上手くいくといいなあと思います。


みんな、寒いから、体に気をつけてね。雪遊びをしたら、手を洗って、お風呂に入ってあったまろうね。じゃあ、またね。長くなっちゃって、ごめん!




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎