八人の住人
99話 大混迷
こんばんは、五樹です。
今日の時子の意識には、「統合した時子」、「弱々しい時子」、僕「五樹」、そしてまた「弱々しい時子」、それから「悠」、また「弱々しい時子」に戻り、今、僕がこの小説を書いています。
一昨日、時子はティーカップを買いました。「弱々しい時子」はそれを知らなかったので、荷物が届いた時、中身に心当たりが無く、首を傾げていました。
その後、僕が荷解きをしてカップを洗い、悠がそのカップを「1万円位しそう」と発言し、時子は目を覚まして、その美しさに目を輝かせていました。
先程時子は、誰かに呼ばれて眠りに着き、時子の前に居たのは、「統合をした強い時子」でした。でもそれはおかしな話です。
統合をしたら、僕達は一つになって、時子のみを目の前に置く事は出来ません。
僕はその様子を見ていて、もう、「ああ、統合はやはり出来ていなかったのか」と分かりました。恐らく、「統合した時子」が意識の表に出ている間は、統合を装う為、僕達全員が眠らされていただけだったのだ、と。
「誰?」と弱々しい時子が問うと、「誰でもいいでしょ」と、強い時子は言います。
強い時子は顔を伏せ、どこかふてくされているような面持ちです。彼女は年並みの見た目に見えましたが、「弱々しい時子」は、全く5歳位の子供のようでした。
悠も時子の事を、「悠君より小さいの。5歳位に見えるよ?」と言っていました。
「私はあまり愛されないみたい。だから、あなたがやって」
その言葉の意味を、「弱々しい時子」はきちんと理解していました。
“私はみんなに受け入れられる人格じゃないみたいだから、表に出て会話をするのはあなたがやって”
そういう意味だったでしょう。
「弱々しい時子」は、僕達別人格がやる、無意識下でのやり取りについては無知なはず。皆さんはそう言うと思います。ですが僕も、僅かなら、心中の時子と話した事があります。
それは、会話と呼べる程まとまった物ではなく、意味もよく通らない位なので、ここには書いていませんでした。
でも、時子も、“自分達は分身をいくつも作り、情報交換が出来て、様々に役割を代われるのだ”と、解っていたのです。
「いやだよ!私は目覚めていたくないの!私に「やれ」なんて…酷いよ!」
「弱々しい時子」がそう言うと、「強い時子」は冷たくこう言い放ちました。
「うるさいな!さっさと行け!」
それで言い負かされて、「弱々しい時子」はまた目覚めました。でも今度は、「誰かに怒られたのに、誰だったのか、何の話なのか思い出せない」と、夫に相談していました。
「弱々しい時子」、つまり主人格の時子と、「統合した時子」は、別人でした。それが今日分かった訳です。
もちろん僕達は、全員で一人の人間ですから、完全な別人ではありません。
多分、時子は、カウンセリングに通い、精神科にも通っているのだからと焦っていて、良くなっているのだと自分に言い聞かせる事で、今回のような“無理のある統合”を、ポーズとして作り出してしまったのでしょう。
「統合した」と自分に言い聞かせて僕達を後ろにまた押し込め、自分一人で戦っていたのです。今は眠らせてやりましょう。
この事は、カウンセラーに話してみようと思います。
ちょっと混乱はありますが、こんなふうに、一歩進んで二歩下がり、三歩分転げ落ちてしまいましょう。いつもお読み頂き有難うございます。それでは、また。