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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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96話 カウンセリング前後






おはようございます、五樹です。


僕達は今日、カウンセリングに出掛けます。だから、トラウマへの対処をする予行演習のため、現在、様々な人格が意識の表に出ています。

今朝は、3時に目覚めた時から僕でした。主人格たる時子は、眠っているようです。

僕は宅配の注文書を書き、コンビニで煙草を買って、銀行口座からお金を下ろし、皿を洗い、洗濯物を畳みました。でもそれは、時子の苦しみを少しも浚いやしません。


昨晩から交代が激しくなっていた中で、桔梗はこう言っていました。これは、桔梗が時子に呼び掛けた台詞です。

“まるで貴方は苦しんで死ぬために生まれたみたい。でも、私達のうち、誰も助けられない。貴方を救うのは私達じゃない。今は無理かもしれないけど、いつか、それが誰なのか分かる”

そうです。僕達交代人格に、この子は救えません。なぜなら、僕達は一人一人、苦しみを別の場所に隠しておくために生まれた存在だからです。トラウマに傷つけられないよう、切り離した感情だからです。

僕達にはおそらく、時子に何かを求めたり、時子に何かを伝えたりする方法や必要がありません。

もちろん、自分が生まれた原因となった時子の苦い記憶であれば、時子に伝えて思い出してもらえます。その上で、時子本人がトラウマへの対処をするのは、自然な事でしょう。

ただ、僕達交代人格は時子にとって、他者ではありません。だから、彼女の生活への助言をしても、彼女はそれを、他者からのアドバイスとして聴く事はない。

僕、“五樹”は、交代人格の中では割と冷静な方だと思います。でも、僕の目線は“時子が傷つかずに済む事”にしか向けられていません。

現状を改善するための必要な努力だって、時子がしなくて済むなら、僕はそれで良しとしてしまいます。そんな人物が、客観的に助言が出来るでしょうか。


僕は時子の苦しみを浚いたいのに、それは不可能です。僕もその苦しみの内だからです。それなら、僕は何のために生まれたのでしょう?僕は時子を救いたいと感じているのに。

今日のカウンセリングでは、近ごろ時子がよく眠れていない事、日中に苦しくなって眠る薬を飲んでしまう事、食事量が少ない事などを、カウンセラーに話してみようと思います。


ここまでお読み頂き有難うございました。また来て頂けますと嬉しいです。それでは、また。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎