八人の住人
91話 ダイエット騒動
こんばんは、五樹です。90話と91話は、連続アップロードになります。一つにまとめるのが難しい事でしたので。
時子は先日、「ダイエットをやめる」と言い出しました。
少し前から、「痩せる」と息巻いていた彼女は食事を減らし、毎日、運動の為に歩いて回りました。
僕は「休みなさい」と言ったし、交代してから必要な分を食べる事もしました。それで時子は、“五樹さんが居てはダイエットは出来ない”と知り、「やめる」と言ってくれたのです。
時子はもう疲労困憊だったので、精神的にもとても不安定な日で、「やめる」を言った途端、ドロップアウトをするように眠りました。
代わりに目覚めた僕は、苦々しい思いを抱えていました。
「はあ~もういい加減にしてくれよ…」
“僕が一番彼女を知っているのを、時子は解ってくれているはずなのに、全然言う事を聞いてくれない”
ダイエットは、普通の人も苦労をして、我慢に我慢を重ねて成功させる物です。今既に、我慢と苦労を何とか逃がして生き延びている時子には、到底出来ません。
僕は、頑固な彼女にもっと自分の状況を知って欲しくて、怒ってしまいました。それで、時子を叱るような口調で、Twitterにメッセージを残したのです。
最近では、時子も僕の小説を追うのは諦めてしまったので、多分ここに書いても大丈夫だと思います。
“そもそも君がダイエットをなめてるんだよ。
人とのコミュニケーションで心安らぐ事がなく、趣味で心を晴らす体力も無い、食しか安らぎがない人間がダイエット?
現状維持の為に満身創痍になってる人間がダイエットだって?
自分が壊れていくのを止められないのに?寝てろ!”
僕はそう言い残しました。その直後、僕達が疲れ切った時に睡眠導入剤を飲む役目を持つ桔梗が、目を覚まします。
僕がメッセージを書いているのを意識の内から見ていた桔梗は、真っ先に僕を叱りつけました。それを意識の内から僕が聴いた事が分かると、僕が時子に向けたツイートを消してしまいました。
桔梗はその次の日あたりに、珍しく時子の叔母に電話を掛け、「五樹はこのような事を言うから信用出来ない」と訴えました。
「まあ…確かにその言い方はキツいわねえ」
叔母はその時には桔梗にそう同意していましたが、どうやら思っていた事は違ったようです。
同じ日に、今度は時子が叔母と話をしていた時、人と話すストレスにくたびれた時子は、僕に交代しました。この日に叔母と話をしたのは、桔梗、時子、僕の順番です。
「ねえ、どうしたの?こんな言い方したんだって、桔梗さんから聞いたけど…」
僕は、“あちゃ〜、叱られるか”と思って、こう答えました。
「すみません、どうにも言い聞かせる事を分かってもらえないのが悔しくて、怒っちゃったんです。ごめんなさい」
「そうね、確かに、ダイエットは今の時子ちゃんじゃ、無理だと思うわ。ダイエットって体力要るし…」
「ですよね。ちょっと今は無茶かと…」
僕はその時、睡眠導入剤と安定剤を飲んだ直後だと言ったので、叔母とは、時子の現状を二人で確認し合う位に留めました。でも、叔母は「あと一つだけ」と言って、こう言いました。
「これは、私の確認しておきたい事なんだけど…昨日は五樹さんの言った事を「酷い言い方」って認めたんだけど、それはそれとして、五樹さんのやっている事は、評価されるべきだと思うのよ…」
「そうですか?」
「ええ。時子ちゃんの為にやっているのだし。だから、桔梗さんとかにも、それを認めてあげようって訴えるべきなのか迷って、昨日は何も言えなかったんだけど…どういう態度を取ったらいいのかしら…」
僕はその時、心の内にあった気持ちを言葉にする事が出来ずに、「どう言われても、やる事は変わりませんから、気にしなくていいですよ」とだけ返して、眠りました。ですが、一晩明けて解ったのは、こんなような気持ちでした。
僕は、時子の一部分に過ぎず、それはメンテナンス機構というか、スタビライザーのような機能です。桔梗にしても、緊急時に機能をシャットダウンするシステムのような物。
僕達は全員を併せて「1人」になれる者達であり、その時初めて評価を下せるのです。
それに、桔梗が僕をどう言おうと、それは僕に対する客観的な評価にはなりません。自分が自分をどう形容した所で、偏見は免れませんから。だから、僕が交代人格の意見を重く用いる事は無いのです。
時子の周囲に居る他者の意見は別です。彼等は時子を思ってくれて、彼女をずっと客観している人達ですから。
今日も僕は、夫君が眠るのが寂しくて意識を封じてしまった時子の代わりに、目を覚ましています。そろそろ温かいコーヒーでも入れましょう。
お読み頂いた方、有難うございます。この小説を読んで頂いている方も、心の安らぎは大切にして下さいね。それでは、また。