八人の住人
86話 交代と身体の関係
こんばんは、五樹です。僕は今、昼下がりに起きた時子の代わりに、食事をした所です。
前にこの小説を更新をしてから数日経ってから、大分日照時間も長くなり、外気温も上がりました。そのせいか、時子は少し辛さが紛れるようになったようです。
でも、彼女は少しエネルギーが溜まるとすぐに使い切ってしまうのです、
ここ数日の時子は、2km先のコンビニまで往復でウォーキングをしたりしていました。
更に、一昨日は急に電車に乗って、たどり着いた駅前で居酒屋に入り、酒とつまみを食べてからは退店して、カラオケにも行っていました。
僕は、現在の時子に、そんな力があるとは思えません。事実、僕は今日はとても疲れています。
でも、一昨日に夫君が「肉を食べたがっている五樹君に」と言って、ステーキ肉を買ってくれていたので、それを焼いて食べました。
時子は、少しでも体力に余裕が出ると、活動したくて堪らなくなるのか、“元気があるんだ”と勘違いして、出掛けてしまいます。
彼女は、うつ症状が重くても、それを無視して“普通の人と同じ生活をしなくちゃ、義務を果たさなくちゃ”と、家事をします。
そして余裕がなくなっても、「遊びに行きたい!」と思うと、体調不良を無視して行動してしまいます。
時子は、病人らしくゆっくり休んでいるのは、罪悪感を感じるのです。
“家に居る時間が長い私が、家事をしなくちゃ”
“今は夫に任せているけど、本当は買い物にも私が出掛けなくちゃいけないのに”
そう思って、毎日心の中で罰しています。自責という方法で。
僕には分からないのです。独りで悩みを抱えがちで、人に対して心を許して望みを託す事のない、時子の毎日は、とても辛い物だと思います。それは、僕も感覚として感じられる時があります。
時子から僕に交代する時。もしくは、僕から時子に交代する時。僕は、時子が常に感じている恐怖と不安が、自分にも影響してきてくるのを感じます。
でも、それは感情ではなく、身体に残った、ストレスによる疲労という形です。
時子に交代する直前は、彼女が目が覚めたら抱え始めなければいけない恐怖が、僕の身体を襲います。
僕が目覚めた後には、いつもいつも、その直前に目覚めていた時子の恐怖が、体全体を緊張させていたのが、よく分かります。
時子から受け取った身体の緊張感は、しばらく自由に休む事で消えますが、彼女が目が覚めている時には苦痛を常に感じているという事実は消えません。
だから、どん詰まりの落ち込みか爆発した場合は桔梗が出てきて。「これ以上起こしておいても可哀想だわ」と、すぐに睡眠導入剤と安定剤を飲んでしまいます。
時子は、親しい人と話をする事でも、対人ストレスを溜めてしまいます。
“怒らせたら、これからずっと、自分はこの人から攻撃される対象になるのではないか”
時子の母親が時子にした扱いを考えれば、無理のない考え方だと思います。
時子は、母に愛されませんでした。それどころか、どんなに母に痛めつけられても、許される事はありませんでした。
だから彼女は、“自分は痛めつけられる為に生まれたんだ”と思い込み、愛を理解出来ず、自分で自分を決して許しません。
でも、カウンセリングと、夫君の献身的な世話と、叔母からの優しい言葉で、ほんの少しですが時子の心境も変わってきました。自罰の程度が、そこまでつよくなくなったのです。
まだまだ“家事もろくにしないこんな毎日じゃ、いけないかも”と思う事はあります。しかし、前のように、“家事もしない人間は死んで償わなきゃ”なんて、極端な考え方はしなくなりました。
どうやら少しずつ前進はしているようです。これからもぼちぼちやっていきます。お読み下さり、有難うございました。毎度毎度、話題が重くてすみませんが、また様子を見に来て下さると嬉しいです。それでは、また。