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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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85話 彰の苦しみ






おはようございます、五樹です。大きなトピックスがあったので、書いてみます。少し長いお話になります。


話は、怒りの人格、「彰」についてです。

以前、彰は16歳の人格で、時子が母親に感じていた怒りを隠し続けた事で、怒りのみが自我を持った存在だと話したと思います。

その彼が、この3日程、毎日表に出てきていました。


時子は、いつも母親に酷く叱責され、罵倒され続けていた為、怒りを露わにする事を一番嫌います。だから彼女の心に怒りはほとんど湧きません。

どの人格を表に出すのかは、時子の状態に連動しています。それから、周囲の人間がその人格を許してくれそうになければ、その人格は現れません。

でも、時子の周りに居る人は、悠にも桔梗にも僕にも、とても親切です。だから時子は3日前、無意識下で、「もう彰を出しても大丈夫かもしれない」と思えたのでしょう。


彰が本当に久しぶりに目を開けた時、彼はスマートフォンに映ったTwitterの画面を睨みつけ、苛立たしげに溜息を吐きました。そして彼はそこにこう書き残します。

“俺は桔梗みたいに短絡な見方もしないし、五樹みたいに考えるだけ考えて何もしない脳味噌野郎でもない。

でも、俺はこいつに求められてない。邪魔だから。何が要らないもんか。お前は都合の悪い事を全部俺に押し付けたんだ”

“人の怒りだけを浴びせられて、それをいつもいつも押し付けられた人間が何を考えるのか教えてやろうか。「誰でもいいから殴り殺したい」だよ。やらないけどな”

“お前がそんなに弱腰だから、俺が生まれる羽目になったんだ。お前は怒りを放棄したんだ”

“わかってる、俺はもう必要ない”

どうやら彰は、時子の事を「こいつ」、「お前」と呼ぶようです。


時子は後で目覚めてから、このツイートにとても怯え、「彰さんは私が嫌いなんだ」と勘違いしてしまいました。


翌日も彰は、短時間だけ目覚めました。ですが、前の晩より態度は和らいでいました。

時子は、彰が自分に対して怒っていたので、「私のせいで、彰さん、ごめんなさい」とツイートしていました。彰からの返事はこうです。

“お前のせいじゃないよ”

“でも、あの女に向けた物だけじゃないよ。いじめっ子や、夫、叔母にも、父親に向けた怒りだって、恋人達に抱えていた物だってあったんだ。

お前は全ての怒りを放棄してたんだ。今だって、毎日俺は吸い取ってる。もう俺を成長させないで。辛いんだ”


Twitterにそう書き残した後で、彰は憎むべき母親の姿を思い浮かべ、目眩がする程の怒りを必死で堪えていました。


僕は、彰を表に出させる事に危険を感じていたから、前は抑えていました。でも今では、そうしたくなくなってしまいました。

彰は、一番の汚れ役を引き受けさせられ、しかもそれは、今にまでずっと続いている。そんな彼から表現の場を奪ってしまえば、彼の苦しみは増すばかりです。

そして昨日、時子は、急に出現が頻繁になった「彰」について、叔母に相談する電話をしていました。叔母はこう言いました。

「私は、あなたが虐待を受けているんだろうと知っていながら、何もしなかった。だから、彰君にたとえば殺されてしまうような事になっても、文句は言えないと思うの…」

その言葉は、時子の記憶を見る事の出来る彰には、届いていました。

いくらか話した後で叔母が話を切った時、しばらく時子から返事は無かった。叔母が「もしもし?」と呼び掛けたのは、彰に交代した後でした。

「はい、もしもし」

いくらかの苦々しさを口調に込め、彰が返事をします。その時、叔母には、今誰が喋っているのかがすぐに分かったようでした。「初めまして」の挨拶をしてから、彰はこう言いました。

「俺はあなたを殺したいなんて思いませんよ。僕にとっては全人類が敵だし、何もあなたはこいつを傷つけた筆頭なんてものじゃない」

叔母は時子に、「私は、彰君が憎むべき筆頭の人物になると思うのね」とも言っていたので、それに対しての返事でしょう。

彰はその後、意外な事を言いました。

「筆頭と言うなら、父親だ。確かに命懸けでこいつを守ったには違いない。でも、自殺未遂を引き起こす原因になった、母親からの電話をこいつにずっと取り次ぎ続けていたのは、父親なんです。毎日毎日電話でこいつが叱られているのに、止めなかった」

それは、時子が父親の家に逃げてから、しばらくは母親と関係があって、ずっと毎日電話をしていた、15歳位の話でした。

「あの母親は、完全に関係を絶とうとすれば、家に押しかけて来るのはわかってる。そっちの方が害が大きいのも。「時子と喋れる」っていう餌を定期的に母親に与えなきゃ、家に上がり込んで怒鳴るだろうくらい分かる。でも、俺達からすれば、そんなのは関係無い。害は無ければ無いだけ良いんだ」

叔母は信じられなかったと思います。時子を救う為、一番力を使ったのは、父親だったからです。

でも、彰からすれば、結果だけ見たら、父親は時子を救う事は出来なかった。電話を取り次ぎ続けていたら、それが結局、時子の自殺未遂を引き起こしてしまったからです。


誰が悪いのかは明白です。母親だけです。ただ、彰にとってその次に疎ましかったのは父親だった。これには僕も驚きました。


これから、彰をどうしてやったらいいのかは、僕達の頭を悩ますでしょう。でも、自分の存在について一番悩んでいるのも、彰です。


今回は本当に長々とすみませんでした。お読み頂き有難うございます。また来て下さると嬉しいです。それでは、また。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎