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骨散る時

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 そんな松永が、今回は一人で温泉にやってきた。最後に行った温泉は、前述のゆかりと一緒に行った温泉だったのだ。
 ゆかりと会えなくなって、そろそろ半年が経つ。
 だが、会えないからと言って、ゆかりの気持ちを無視しているわけでもない。
「ゆかりは、いつも僕の隣にいるんだ」
 という思いを抱いて、この温泉にやってきた。
 ゆかりと会えなくなってから、この半年、小説を書いて書いて書きまくった。胸の中にはゆかりが温泉で話していた言葉が思い出される。
「安心した気持ちと寂しい気持ち、そのどちらかが重たい場合は、絶対に平衡することはない。だから、ずっと落ち込み続けるの」
 と言っていたあの言葉であった。
 そして、もう一つ、彼女が言っていた印象的な言葉も思い出した。
「結局、その平衡を手に入れた時に感じるのは、自分で自分の気持ちを浄化できたという思いに至ることができると、そこでやっと前に進むことができるんだなって思うと、今度はまた違った意味での安心感が芽生えてくる。今度の安心感には寂しさが伴わないので、やっとそれで自分が立ち直ることができる、そして、できたんだなって思えた気がしたのよ」
 と言っていた。
 一体、何が印象的だというのか、その理由を聞きたかったが、それに関してゆかりは教えてくれなかった。
 今度は、今までにない複雑な表情をしていたが、しいて言えば、苦笑いをしていたというのが一番近いのではないだろうか、
「それは、いえないわ、だって、あなたが近い将来自分で気付くのが私には見えるもの」
 というので、
「どういうことだい? 君は超能力者なのかい?」
 と聞くと、
「そうかも知れないわね。超能力者の境地に私もいよいよ入ってきたのかしらね?」
 というので、
「ますます分からないな」
 というと、
「分かったらすごいわよ。私ですら分かっていることが信じられないし、何よりもウソであってほしいと思っているの」
 というではないか。
「ウソであってほしい?」
「ええ、私だけじゃない、あなたにとってもそうなのよ。むしろ私よりもあなたの方がきっとその感じが強いはずなの。あなたが、私を愛してくれているのは分かっている。そして私もあなたを本当に愛しているのよ」
 と言って、ゆかりの方から唇を重ねてきた。
 まさか、こんな展開になるなど、想像もしていなかった。自分の身体がゆかりの身体にどんどん密着していくのが分かる。そのままどちらかが溶けて、相手の身体の中に入って行くかのような感覚である。
 だが、身体が溶けていく感覚はあるのだが、自分の溶けた身体がゆかりの中に入って行くことはなかった。ゆかりの身体は、松永の身体を拒否していた。だからこそ、今までに感じたことのない快感が襲ってくるのであった。
「こんな感覚、今までに味わったことなどなかった」
 と呟くと、
「私もよ。先生、私を好きにして」
 というその言葉に松永の理性は吹っ飛んだ。
 ゆかりの身体すべてが、松永を受け止める。そして、松永の中に、ゆかりの魂が入ってくる。
――俺の魂は、ゆかりの中に入って行くことができなかったのに――
 という思いは、もどかしさではなかった。
 確かに、入っていきたいという思いを叶えることができないのはもどかしいはずなのに、自分でそれを否定していた。
 否定する自分と、否定してはいけないと思っている自分とが一緒になっているこの感覚は、ゆかりの悦びの声がさらに、松永の身体を、身体全体を魅了する。
「このまま、一気に欲望を吐き出したい」
 と、淫らなセリフを平気で吐けた。
「ええ、いいわ、私が一滴残らず、飲み込んであげる」
 彼女の言葉はまさに聖母様であった。
 その言葉にもう松永は耐えられなくなり、
「うっ」
 と呻いたと同時に、
「あぁ……」
 と、糸を引くようなゆかりの、松永を受け止めたという満足感と、その憔悴感が現れていた。
 松永は脱力感と一緒に、達成感に満ち溢れ、お互いに自分の気持ちと相手の気持ちを感じようとするので、湿気に満ちた淫靡な香りが立ち込める雰囲気に、飲まれてしまっていた。
 吐息が実にいやらしい。だが、これをずっと昔から待ち望んでいたかのように感じた松永は、自分の人生が走馬灯のようによみがえっていた。
 ゆかりも同じように走馬灯を描いているようだ、
 だが、その走馬灯は、松永のそれとはまったく違う感覚だった。
――走馬灯なんて、勝手に人間が作り出したもののはずなのに、誰もが同じ感覚の時に浮かんでくるもののようで、別に示し合わせたわけでもないのに、おかしなものだ――
 と、松永は感じていた。
「その時の感触も、思い出も、気持ちの奥にあるものも、すべてが生々しく残っているはずなのに」
 と、松永は思った、
 この感覚を小説にしようと思えば、今ならいくらでもできると思っている、だが、それは不可能なのだ。どちらかというと、元々、小説に書いたことが、現実に起こっているのだ。
 しかも、自分の描いた世界とは微妙に違う世界である、それがなぜなのかずっと考えていたが、やっとわかってきた気がした。
「そうか、小説の世界というのは、自分だけがイメージしたものなんだ、現実の世界ではゆかりという女性が存在しているので、どんなに同じような話を掻いたとしても、一緒になるわけはない。逆に一緒になる方が恐ろしい」
 と思った。
 だが、ゆかりが松永に託した思いは変わらないはずだ。
 この温泉旅館のことはフィクションではない。以前に来た旅館であった、
 そして、ゆかりが私に託した思い、それは、ゆかりの中で果てた瞬間、お互いに満足感と憔悴感に満たされていたその時、間髪入れずにゆかりが言った。
「私、もうすぐあなたの前からいなくなるの:
 というではないか。
「えっ、死ぬということ?」
 と、少し飛躍した発想だったが、それ以外にいなくなるという思いが頭に浮かばなかった。
 それに対してゆかりは、何も返事をしない。
「私がいなくなったら、私の骨を海に撒いてほしいの」
 というではないか、
 それがゆかりの答えだった。いなくなるということがどういうことなのか、いまさら追求する必要などない。
 だがら、松永は小説の中でも、このお話の中でも、
「ゆかりがいなくなった」
 あるいは、
「ゆかりとはもう会えない」
 という表現しかしていないのだ。
 松永はこの温泉に来た理由、それが、ゆかりの遺志を受け継ぐことだったのだ……。

             (  完  )



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作品名:骨散る時 作家名:森本晃次