小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Blackmark

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

「自分、引っ越してきたばっかで、ナンバーもまだこっちで取ってないんです」
 おれはRX-7に目を向けた。同じ嗜好を持つ人間というのは、直感で分かるのかもしれない。
「その足回りは、普段サーキット走ってる? ここに来る人間は基本的に、芸術点狙いや」
 白煙を上げてタイヤを痛めつけるだけの連中とも言う。その言葉の意味合いは若者にも通じたようで、愛車に目を向けながら言った。
「そうですね。仕事でしばらく行けそうにないんで、腕がなまらんようにと。あ、すみません。佐々木と言います」
「こちらこそごめん、おれは夏川。コーヒー飲む?」
 おれはトコットのドアを開けると、缶コーヒーを取り出した。佐々木が頭を下げながら受け取ったとき、RX-7も休憩に入ったように、ターボタイマーが動作してエンジンが停まった。
「一心同体やな」
 おれが笑いながら言うと、佐々木は笑った。
「まだ買って二年なんですけどね。これの前はGC8に乗ってて」
「四駆から二駆にいったんかいな」
 こういう趣味に金と人生を費やす連中は、インプレッサとは言わない。佐々木はシフトノブを握りしめるような中途半端に開いた左手で缶コーヒーの蓋を開けると、小さく頭を下げた。
「いただきます、よくいらっしゃるんですか?」
「まあ、たまに見に来る。元、やからね」
 おれが言うと、値踏みするだけの材料がないように、佐々木は視線を泳がせた。残っているギャラリーの乗っている車は、すぐ目の前のフィットRS以外だと、スズキスイフトスポーツとスバルBRZ。佐々木の車とは『世代』が異なる。おれは、佐々木のRX-7に話しかけるように言った。
「おれが最後に乗ったんは、R34のセダンや。前期の黒で、ターボ」
 佐々木の顔がこちらへ向いた。
「渋いですね。GT-Rではなくて、GTターボですか」
「家族がおったからな、せめてセダンにしろって言われたんよ」
 おれが諦めたような表情で言うと、佐々木はそれ以上追及することなく缶コーヒーを一口飲んだ。離婚して、電動自転車に負けそうな加速のトコットで町をうろついている自治会役員。それが今のおれで、優しいデザインのトコットなら変な若作りもしていないし、誰からも警戒されないから気に入っている。
「ここをよく走ってたんですか?」
「そう。さっきの自分みたいに、ひたすらスピードを追求してたよ。二十代半ばのときのは、鉄仮面に乗ってた。グレーと黒のツートンやったな」
 スカイラインRS-Xターボ。買ったのは一九九〇年で、その翌年に洋一が生まれた。病院までの道で思ったのは、この固い足回りで家族サービスはできないということ。
「鉄仮面、渋いですよね。それから34ですか?」
「いや、タウンエースを挟んでる」
 二年で手放したとき、せめてもの抵抗でマニュアルのタウンエースを選んだおれのことを、矢野は笑っていた。
『尖るんか丸まるんか、どっちかにせえよ』
 その言葉は今でも、起き上がりこぼしの重しのように、取り出せないぐらいの深さで重心の一部となっている。
「鉄仮面、タウンエース、34ですか」
 佐々木が総括するように言い、おれはコーナーを指差した。
「さっき、手前側でインに寄せとったやろ」
「ここ、複合コーナーなんですよね。後から気づきました」
 佐々木は恥ずかしそうに頭へ手をやった。おれは追い打ちをかけるように、コーナー先へ顔を向けた
「34やと、脱出で百二十キロ出る。鉄仮面でキンコンが鳴るくらいかな」
「いやいや、マジですか?」
「ここでインに寄せすぎると、立ち上がりは大体百キロが限界やけどな」
 おれが言うと、佐々木はその言葉をRX-7の運転席から見た景色に当てはめるように、コーナーを目でなぞりはじめた。
「さっき、出て行くときは八十キロでした。次は百に近づけると思います。でも、百二十ですか」
「これぐらい遅うなったら、人もおらんようになるから。また試してみ」
 おれはそう言ってトコットに乗り込み、場違いな走り屋の集いから離れた。このコーナーの出口に並ぶ街路樹は、おれがランサーターボに乗っていたころ、近くで稼働していた工場が少しでもイメージを良くしようと苦し紛れに植えたものだ。その景色はいつしか走り屋のご褒美となり、矢野とおれの両方に家族ができるころには、ほとんどの意味を失って『昔よく集まった場所』になった。街路樹を植えた工場が廃業してからは本当の意味で死んだ土地になっていたが、五年前に外資系のショッピングセンターを誘致する案が出た。案を聞くなり、おれは猛反対した。それだと街路樹を切り倒す羽目になるし、駐車場が作られるだろうからこの『名物コーナー』は消滅する。ダメ押しに矢野の地元密着型スーパーマーケットまで盾にしたことで、景観は守られた。自治会に食い込んでいると、こういうときに便利だ。ショッピングセンターは結局作られたが、当初の計画位置からはかなり遠ざかり、矢野の客を取るほど近くはない。皆、『自分仕様の人生』を求める。自治会にいれば、全体を見渡してそのバランスを取る手助けができる。
 おれの家も、例外なく『自分仕様』。一戸建てで、裏に庭がある。トコットが塞ぐ形でその出入口を封じているが、縁側からは殺風景な庭を見ることができる。昔は物が多かったが、少しずつ減らしていき、今は余計な物はほとんど置いていない。おれは缶ビールを一口飲むと、縁側に腰かけた。広い庭には、黒のスカイラインセダン。走ることを諦められなかった最後の抵抗で、五速マニュアルを選んだ。当時、小学校に上がったばかりだった洋一は、ディーラーから乗って帰ってきた姿を見て、目を見開いていた。同級生が乗っているのは、背が高いミニバンやワゴンばかりで、背が低いスポーツカーのような見た目の『ファミリーカー』は、かなり新鮮に映ったのだろう。GT選手権の中継を肴に、おれはよく言っていた。
『車に関わりたいなら、レーサーになれ』
 そう、走り屋ではなくて、プロのドライバーに。
    
 一週間後、ちょうどアドバイスした時間通りに佐々木のRX-7が現れ、前回とは比べ物にならないスピードで抜けていった。しかし、まだ最速のラインは取れておらず、おれはまた缶コーヒーを渡して、降りてきた佐々木と話した。出口でちょうど時速九十キロまで達したと言っていたが、どういうセッティングであと三十キロを乗せたのか、聞いてきた。
「おれの34は、ノーマルやったよ。失速せんラインを見つけたら、百二十キロはそんなにすごいことちゃうぞ」
 佐々木はそれからもう何周かしたが、進入で気合いを入れ過ぎてアンダーステアを出してからは大人しくなり、タイヤの温度が高くなりすぎる前に帰っていった。
 
 それからさらに一週間が経ったとき、自治会の集まりでおれと矢野が話していると、仕出し弁当の配達にやってきたサンバーバンから佐々木が降りてきて、おれと同時に目を丸くした。
「あれ、夏川さん?」
「おう、佐々木くん。仕事も車かいな」
 おれが笑いながら言うと、矢野とは顔見知りのようで、佐々木はぺこりと頭を下げた。
「矢野さん、こんにちは」
「おー、何? 夏川とも知り合いなん?」
作品名:Blackmark 作家名:オオサカタロウ