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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(41)~(50)

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第四十五話 真面目






俺は、仕事らしい仕事はない。でも、拾ってきた物を売っぱらったり、町内の隅っこでうじうじしてる奴を、仲間と一緒にちょいと脅かして、銭を融通してもらったりはしていた。でも、仲間内で、次郎だけはそうしなかった。

次郎は俸手振りの八百屋をしていて、時々に売る物は変わるらしいが、この間すれ違った時には、大根を目いっぱい積んでいた。

「よお、重くねえかい」

そう言うと次郎は、こう言った。

「おう、軽くしてくれんのかい」

そう言われちゃ仕方ねえなと俺が四文で一本買ってやると、また向こう角へ折れて、「だいこ、だいこ」と叫んでいた。


何か商売でもやるかな、と思う事もないではなかったけど、重い荷を担ぐのも、親方へ奉公するのも、面倒だった。

お袋みたいに三味が弾けりゃお師匠が出来るし、親父みてえに物を書くのもいいかもしれない。でも、始終そうやって追い立てられてるよりは、たまに銭を儲けて遊びに使う方が、俺の性に合っていた。

でも、俺ももういい年なんだから、家を出て一人で暮らしたかった。親子四人では狭すぎるんだから、新しい店で自分の構えがあって、そこでぼけっと一日中寝てもみたい。



「家を出る…?」

俺の言った事に、お袋は悲しそうな顔で振り返る。

「なあに、奉公だのするんじゃねえ。俺も自分で暮らしていかなきゃならねぇだろ」

そう言うと、お袋は鏡台の前から体ごと振り返って、きりりと目を吊り上げる。

「お前さんね、そういうのはまともに働いてから言いな!働きもない奴がどうやって晦日の払いが出来るのさ!」

その時、家に親父は居なくて、隅の方でおりんが自分の着物を繕っていた。

「大丈夫だ、新しい店に移ったら、仲間を誘って駕籠屋でもやるさ」

そう言うとお袋はもっと怒って説教を始めたけど、俺は「いつでもまた会えるんだ、説教はその時に改めて聴くからよ」と言い残し、一杯飲み屋へ行きに、家を出た。


外に出てしばらく歩き、この角を曲がれば決めた店の提灯が見えるという時、俺はまた次郎に会った。

「よお」

「おう」

次郎は立ち止まったし、仕事も終わったんだろうから、俺は奴を飲みに誘って、いつもの店へと入っていった。


俺も次郎も床几に座り込んで、安いにごり酒をがんがら煽り、間に置いた皿の芋をつついていた。

馬鹿話が途切れた時、俺は家を出る話をしたが、次郎はそこでやけに真面目くさった顔になり、しばらく考え込んでいたようだった。俺はその間で、もう一杯酒を頼む。

「おお、ありがとよ。うおっと、こりゃあちぃな」

ちろりの底を思わず触ってしまって、俺が指先をさすっていると、次郎はこちらを見た。それは、俺の心配をしているような目だったが、どこか変だった。

「なんだよ」

「いや…」

そう言って次郎は前を向く。

「はっきり言えや、ぼーっと考え込んでねえでよ」

俺はまた芋を口に放り込み、酒を飲む。熱い燗酒が体に染みわたるのが、なんとも言えず愉快だった。

次郎は黙り込んでいたが、後ろ頭をばりばり掻くと、俺へ向き直った。

「おめえよ、そのまんまじゃいけねえぜ」

「何が」

次郎はあくまで真面目な顔で俺をじいっと覗き込む。

「おめえの行く先は“ならず者”の道だ。でもな、ならず者にもなれやしねえよ。ならず者にぁならず者の厳しい掟がある。おめえにそれは守れねえ。チンケな事でお上にとっつかまって、お陀仏だ。だから、秋夫、真面目になれ。今みてえなこたぁやめるんだ」

いきなりそんな事を言われたもんだから、俺は酒を噴き出しそうになった。

「なぁに言ってんだよ。俺みてえな小物、お上が気にするわけもねぇだろ」

そう返すと、次郎はゆっくりと首を振った。

「いいや、今のままじゃ、必ずそうなる。その時、おめえの親父もお袋も、おりんも泣くぞ」

そう言われた時、俺がまず思い出したのは、親父でもお袋でもなく、おりんの顔だった。

いつもこっちを遠慮がちに窺っていて、うちを出る時にたまに「いつ帰るんだい」と聞いた、おりんの顔だった。でも、俺はそれを振り払いたかった。