元禄浪漫紀行(41)~(50)
「馬鹿言え。今さらどう真面目になるってんだよ。俺ぁ生まれた時からこうだぜ」
そうだ。俺は元々のらくらしてて、どう真面目になるのかなんて一つも知らない。それに、お上から縛り首を頂戴するなんて事になるのも、ちょっと思いつかなかった。
「きっとなれる。お袋さんや、おりんを悲しませるんじゃねえ」
「調子がいいぜ、おめえだって俺と一緒になってやってるじゃねえか」
俺がそう言うと、次郎は俯いて、ため息を吐いた。
「俺ぁゆすりたかりもしてねえ。それに、今度っから真面目に働いて、お袋の薬代を稼がなきゃなんねえ」
それを聞き、俺は次郎の顔を思わず見た。
「どうした、おめえのお袋」
次郎は思い詰めたような眉をして、目の前に病気の母親を見るように、悲しそうに目を見開いていた。
「もう…長くねえと言われた。でも、医者が言うには、薬を飲ませられりゃよくなるかもしれねえってんだ。でも、それにゃ五両って金が要る。俺ぁこれからそれを稼ぐ」
「五両!そんな…」
俺は仰天して言葉が続かなかった。五両なんて、稼ごうとしたって稼げるものじゃない。一両だって俺達は見ないんだ。
俺はそこで、次郎の家に行った時、次郎の母親が手内職から振り向いて、俺に茶を出してくれた事を思い出した。次郎のお袋は、次郎が帰ってくるまで、ずっと俺の話に付き合ってくれながら、次郎の事ばかり話していた。
次郎の親父は家にいつも居なくて、一度その事を次郎に聞いたら、「鳶だったけど、屋根から落ちて死んだ」と聞かされた。
次郎は、お袋さんが死んじまったら一人になってしまう。
思い出している内になんだか俺も思い詰めていって、俺は思わずこう言った。
「なあ…俺も、手伝っちゃダメかよ」
脅かされたみたいにこっちを振り向いた次郎。その目を思い切って見つめて、俺はもう一度こう言った。
「真面目んなれってんなら、働けばいいんだろ。そんならもののついでだ。五両なんて一人じゃ稼げねぇし…」
俺は、急にそんな事が出来るのか分からなくて怖い気持ちはあった。だから必死にそれを押さえつけた。
「秋夫…」
自分の好きに生きるとは決めていたけど、仲間の事なら話は別だと思えたし、一度だけ真面目とやらをやってみてもいい。
でも、俺だけじゃ手伝いが足りないだろうというのも分かっていた。
「みんなに声ぇ掛けるんだ。おめえのお袋さん、助けるんだよ」
俺はその後、めそめそ泣く次郎をなだめながら、心の中では、尻込みしそうになるのを堪えていた。
作品名:元禄浪漫紀行(41)~(50) 作家名:桐生甘太郎