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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(41)~(50)

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「秋夫!てめえ何してんだ!」

俺は、話を聞かないであろう秋夫からおりんを引き離し、その後で、おかねの三味を奪って、あらん限りの力で秋夫を突き飛ばした。秋夫は家の奥の壁まで吹っ飛び、首を強かに打ち付ける。

「なんでぃ親父!何も突き飛ばすこたぁねえだろ!」

秋夫がそう言う様子は、いつもの言い争いと何の違いもなかった。

“これからもこれまで通りにこの家に居られて、家の金を食い潰しても、おかねやおりんに迷惑を掛けても、平気でここに居られる”

そう思っているんだろう秋夫を、俺は本当に殴り掛けた。

俺が振り上げ掛けた拳をまだ抑えながら息を切らしているのを見て、秋夫がからかうように笑う。俺の怒りはどんどん増していく。

「いいや!突き飛ばす!諦めないなら、二三発ぶん殴る!ついでに言ってやる!お前はもう出て行け!どこへなりと出て行け!」

俺がそう叫んでしまうと、秋夫はやっと俺を睨み返した。秋夫の目はいっぺんで暗くなり、じめじめと陰湿で、恨みがましかった。俺はそれを真向から突き刺すように睨む。

俺達は睨み合っていて何も言わず、おかねは俺の言った事に驚いてしまったようで、口を開けて悲しそうな顔で、俺を見ていた。おりんは家族の顔を代わる代わる見ていたけど、やがて小さな体をぷるぷると震わせてから、我慢出来なかったように、俺の着物の袖口へ、はっしとしがみつく。

「とうちゃん!」

おりんは俺を呼んで俺の着物に掴まり、こう言った。

「どうか、兄ちゃんを追い出さないで!兄ちゃんは銭がないんだ!おまんまが食えなくて、死んじまうよ!兄ちゃんを追い出さないで!」

おりんがそう言う様子は本当に必死だった。それに一番驚いていたのは、俺ではなく、秋夫だった。

自分をかばって、病がちな妹が父親に歯向かっている。それに秋夫は動揺していたようだったけど、秋夫が口を出せる事じゃなかっただろう。ここで秋夫が遠慮して、“いや、俺ぁやっぱり出て行くから”とは言えない。

でも、年端もゆかない妹が、「お願い!とうちゃん!」と言い続けているので、秋夫は自分のした事の恥ずかしさが身に染みたのか、頬を真っ赤にして俯いていた。俺はそれを見て、やっといくらか怒りが鎮まった。


おりんが一生懸命に頼むので、俺は「少し言い過ぎた」と秋夫に謝り、秋夫は何も言わないまま、家を出ようとした。その時もおりんは不安そうに秋夫に聞いた。

「兄ちゃん、帰ってくる?」

秋夫は、おりんをちろりと見ただけですぐに表の方へ体を向け、出て行くついでに、「さあな」と言った。

「きっと帰って来な!」

おりんは表の戸から少し体をはみ出させて、秋夫にそう叫んでいた。