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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(41)~(50)

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「申し訳ございません、お忙しい中で…」

大家さんのおかみさんに、「子供の事で相談があって」と言って、俺は家に上がらせてもらって、大家さんを待っていた。

「いや、いいのさ。そろそろ帰ってくる時分だよ。おかわりは?」

おかみさんは鉄瓶を持ってお茶のおかわりを勧めてくれたけど、俺はそれを断った。しばらくして、大家さんが戻ってくる。

表の戸を開けると、外の夕闇が見えて、大家さんは疲れた様子で家に入ってきた。もう大家さんもずいぶん年を取って、最近は仕事が辛そうだ。

「おや、秋兵衛さん。どうしたい」

「あ、それよりも、楽にしてください、大家さん…」

「いやいや、まあそうさせてもらうけどね。ちょっと一服してもいいかい」

「ええ、もちろん」

「お前さんは?煙草飲みじゃなかったかな?」

大家さんはそう言って、おかみさんから受け取った煙草盆を、俺達の間に置いてくれた。

「あ、いえ、そ、それでは…有難うございます…すみません」

俺は会釈をして、帯に突っ込んでいた煙管を取り出す。大家さんも俺も、火鉢から火をもらった。

俺は、憂鬱な気分で煙草を吸う。「子供が遊びに夢中になっていて、家が火の車だ」なんて、大家さんにも解決出来るのか分からない。

「それで?なんの相談かな?」

三口ほど吸ってから、大家さんは煙を吐きながらそう言った。俺は火玉を落として煙管をしまってから、秋夫について話をした。



「そらぁ、どうしてそんな事になったかねぇ…お前さんもおかねさんも、真面目だったろうに…」

片手で顎をゆったりとこすり、大家さんは首を傾げていた。

「分かりません…だから困っていて、おりんは病気がちですし、もしや大きな病に罹りでもしても、医者に見せる銭だってないし、食うのにも困る始末で…」

「まあでも、方法がないわけでもない」

大家さんのその言葉に、俺ははっと顔を上げる。大家さんは難しい顔で俺の目を見つめ返し、こう言った。

「職人の所へ奉公に出しちまえば、家の銭を食い荒らされる事もないさ。そうだろ?」

「奉公に…?」

俺はその時、不安になった。奉公の辛さなんて、江戸に住んで長い俺は、もう知っていたからだ。

「勘当して、銚子にやっちまうには、まだ幼すぎるからね」

“息子を勘当して、銚子の漁師たちの中に放り込む”

そんな話も聞いた事がある。確かに、それよりは奉公の方がまだマシだろう。

でも、ぞんざいに扱われて、満足に食べさせられる事もなく、自分の子がそんな目に遭うなんて、俺には耐えられない。

俺が俯いて不安そうにしていたのを見て、大家さんはこう言ってくれた。

「心配なのは分かるが、このままじゃ、お前さんたちの暮らしが立ち往かなくなるんだろう。奉公に出せば、不自由のない暮らしの有難みだって、分かってくれるかもしれない。どちらにしろ、家に置いておいちゃ、ためにならないよ」

「はい…」

俺は、目の前が暗くなるような気がして、「帰っておかねに相談しよう、もっといい方法だってあるかもしれない」と、決断から逃げていた。