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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(41)~(50)

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第五十話 晴れの日






俺達夫婦は、前々から呼ばれていた日に、利助の家を訪れた。


おりんは、俺達が出る前に、必死に怯えながら、「父ちゃん、母ちゃん、どうかよろしく言ってくれな、どうか頼むな」と泣いて頼んだ。昔から自信がなかったおりんだから、“相手方によく思われないのでは”と不安だったんだろう。

「大丈夫だ。うちで待ってな」

俺はそう言って慰めた。

「ゆっくり休んでおくんだよ。秋夫、お前、おりんを頼むよ」

秋夫は、「わかったよ」と背中で返事をした。



俺達は利助の煙草屋を訪ね、表から声を掛ける前に、利助に迎えられた。

「ああ!これは…どうも、お越し下さいまして、申し訳のない…!」

また口が利けなくなってしまったらしい利助に、おかねは優しく笑って「いいえ、お招きにあずかりまして」と返した。

「今日はよろしくお願いします」

俺がそう言って頭を下げると、利助は「こちらこそ…」と三度ほどぺこぺこお辞儀をした。


この間はどうとも気にしなかったけれど、利助は十分にいい男だった。

眉目秀麗とまではいかないけど、濃く太い眉に、切れ長の目、それから、薄い唇。でも、それらはすっかり気弱に垂れ下げられているので、“気が弱そうだな”という印象の方が強く残ってしまう。ちょっと惜しいところがあって、憎めない男だなと思った。

俺が俯いている利助を観察している間で、利助の父親らしい人が店の奥の間から出てきた。

襖ががらりと開くと、煙草の葉を刻んでいるらしかった仕事場が見えて、俺達が立っている土間に、背の高い、白髪の老人が現れた。

老人は快活そうな微笑みを浮かべて俺達を見ていて、二度ほど頭を下げながらこちらへ来る。

「いやいや、わざわざのお越しですまなんだ、利助の父で、利吉と言います」

「楽しみにしておりました」

おかねはにこにこ笑って利吉さんに挨拶をして、俺達は奥の間を通って、住まいに通された。



「それにしても、まさかうちの利助がおりんどんを仕留めるとは、思いもしませんでしたよ」

「そういう言い方はよしとくれ、親父」

「うふふふ、二人とも照れ屋なのが、合ったんでしょう」

おかねはこういう時に頼りになる。四人で話をしていたけど、うちの側はほとんどおかねが喋っていて、利助と利吉さんの話に上手く調子を合わせて、華を添えてくれていた。

“おりんは、あなたとの縁を喜んでいます”

その台詞だけは俺が言ったけど、その時の利助の表情と言ったら。

よくもあれだけ大きく開けるものだなといったように驚愕に見開かれた両目に、俺達も一瞬驚いた。

それから、「ありがとうございます」とか、「こんなに嬉しい事はありません」なんて事をありったけ言ってしまって、しまいにはおいおい泣き出したのだ。


俺達は少し酒を振舞われて、式の日取りについて話し合い、「おりんさんにどうぞよろしく」という利助の言葉をしっかり受け取って帰った。




婚礼の支度は、なかなか大変だ。

おかねはおりんに着物や櫛などを渡してやって、後々、利助方からも婚礼の衣装を調えるだけの代金が贈られてきた。


「どうだいお前、これは気に入りそうかい?」

おかねが新しい櫛や着物を着せてやっても、おりんはどれも「綺麗だなぁ」と感心してばかりで、結局おかねがどれがいいのか決めてから、おりんは「うん」とそれを了承した。

「まったく、お前ねえ、嫁入りなんだからもうちょっとしっかりしな」

「うん…」

おかねが言って聞かせてやっても、おりんは綺麗な打掛を身にまとった自分の姿に見惚れていて、聴いているのかいないのか分からなかった。


俺達は慌ただしく嫁入りの準備をしていたけど、俺は気になっていた事があった。俺達の様子を横目に見ながら、秋夫が面白くなさそうな顔をしていて、おりんの婚礼について、喜んでいなさそうだったのだ。