元禄浪漫紀行(41)~(50)
“城代家老の大石を筆頭に、赤穂義士はもう江戸入りして、そこら中に身を隠している”
“赤穂義士は吉良邸までの地下通路を掘っている”
“吉良邸には赤穂の隠密が入っていて、討ち入りはもう間もなくだ”
こんな噂が、並べ切れない程囁かれ、遂に討ち入りの日はやってきた。元禄十五年の暮れ、十二月十四日だ。俺は日付を勘定していて、今何が起こっているのか知りながら、その晩家で、考え事をしていた。
暗い中、屋敷の扉を打ち破り、慌てて起き出してきた屋敷の者達を次々に切り捨てる四十七士へ、近くの大名屋敷からは提灯が差し出されて、吉良の首は討ち取られる。
俺は、江戸時代に生きてはいるが、価値観はまだまだ現代人かもしれない。彼らのする事を美しい話だと叫ぶのは気が咎めるし、浅野がやった事が「無責任だった」と言いたい気持ちも無い訳じゃない。
もしかしたら、俺はこれを物語に書けたかもしれないし、もっと言えば、変えられたかもしれない。元から全てを知っているのだから。
でも、悲しい結末だからと書き換えて良いのは、本当に物語だけだ。それに、なぜだろう、俺は彼らが死ぬと分かっていながら、「止めなければいけない」と感じなかった。
もちろん彼等の命が必ずなくなるだろうと大いに悔やんでいるが、討ち入りを止めるのは、もしかしたら、命を奪うよりも無礼な事なのではないかと思ったのだ。
なんとも悲しい運命だが、出来てしまった物は仕方がない。
彼らはもしかしたら、単純な運命に絡め取られただけかもしれないし、変えた先にもっと彼等が納得する運命もあったかもしれない。でも、そこに俺は関わるべきではない。
「秋夫」
俺の後ろで、小さなおりんとおかねが寝ていて、秋夫が寝る前の一服をやっていた。行灯の光は乏しく、俺が振り返ると、秋夫はこちらを見て、うるさそうな顔をしていた。
「なんだよ」
俺は、父親だ。これはきっと、秋夫に教えておかなきゃいけないだろう。
「義理の為なら、やるしかない事もあるだろう」
「はあ、まぁ…」
秋夫は、何の話なのか分かっていないようだった。それはそうだろう。みんなに知れるのは明日の朝だ。
「どれか一つしか選べない事だってある」
俺がそう言うと、秋夫は煙管を唇から離し、俺をじっと見た。
「必ずいつか、そういう時が来る」
「…おう」
秋夫は戸惑っていたけど、そう見せないようにと煙草を吸って、ふーっと煙を吐いた。
俺は目の前にあった酒を一気に飲み干し、湯呑の底を卓へ半ば叩きつけると、布団へ入った。
作品名:元禄浪漫紀行(41)~(50) 作家名:桐生甘太郎