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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~【後編】

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「思いません。そんじょそこらの女どもより、あなたの方がよほど美しいのでね。それに、むしろ、重い秘密を抱えてもなお凜として誇りを持って生きてきたあなたを尊敬するし、誇らしく思う」
 央明はうつむいた。
「ご覧の通り、私は半端者です。男でありながら、女として生きている。本当の自分はどこにもいない。男でもなく、女でさえない。生きている限り、偽りの人生が続くのです」
 その言葉は、央明がこれまで生きてきた過酷な歳月を知らしめるのには十分過ぎた。
 央明を育て上げた保母尚宮は相当に心利いた女性なのだろうと想像したことがあった。央明を見ていれば自ずと判る。王女ながら、仕立て、料理などの家事だけでなく、舞から伽耶琴まで女の諸芸万端は何でも一通りは見事にこなす。
 それらを央明に教え込んだのは、他ならぬ保母尚宮であると央明自身から聞いた。保母尚宮が央明を厳しくしつけたのには、深い理由があった。本当の女性ではないからこそ、余計に真の女性らしくあらねばならないと厳しくしつけられたに相違ない。
 考えてみれば、央明の所作は、より女性らしい。美しさ、立ち居振る舞い、どれ一つを取っても、本物の女性よりも優美で女らしいのだ。美貌については天与のものがあるにしても、その辺りも、保母尚宮の努力の賜だ。
 いつ誰が見ても疑われないように、綻びが出ないようにとの一心で、乳母は央明を教え導いたのだ。
「だから、自分を半端者だなんて卑下するのは良くありませんよ。むしろ、誰にでもおいそれとはできないことをあなたはやり遂げてきたのですから、ご自分をもっと誇りに思って良い」
 チュソンが央明の頭(つむり)を撫でた。
「今までよく頑張ってきましたね」
 央明の黒い瞳が見る間に潤んだ。その涙は、チュソンを烈しく揺さぶった。
 他人には自由に生きる権利があると言いつつ、自らには男でありながら女として生きるという偽りの人生を課した。どれだけ過酷な日々であったろう。
 女として生きることで、央明はずっと存在を否定されてきた。本来の男であるという性をねじ曲げられることで、辛うじて生きることを許されたーそれが真実だ。
 だが、そろそろ限界も来ているのだろう。央明は自分という存在について随分と否定的なようだ。性別を偽り生きていることが重い枷となり、彼を押しつぶそうとしている。本当の自分を偽るというのは、自分の全存在を否定されているに等しい。
 誰か肯定してあげる者、折れそうな彼の心を脇から支える者がいなければ、いずれ彼の心は壊れてしまうだろう。
 おこがましい考えかもしれないが、チュソンは央明の深く傷ついた心に寄り添い、支えてやるのは自分でありたいと考えている。
 クシュンと、可愛らしいクシャミがチュソンを現実に引き戻した。
 彼は床に広げている央明の上着を拾った。フワリと肩にかけてやる。
「裸のままでは風邪を引きます。それに、ずっと扇情的な姿でいられるのは、眼の毒だ」
 央明がポカンとチュソンを見つめるのに、彼は声に少しばかりの熱をこめた。
「先ほど偽りの結婚生活とおっしゃったが、私はこのまま偽りにしておくつもりはないと申し上げたら、どうします?」
 央明は奥手なのは王室育ちゆえか、それとも、周囲から隔絶されて育ったがゆえなのか。
 チュソンの言葉にもまったく反応がない。
「偽りを本当にするという意味ですよ」
 相変わらず虚を抜かれたようにチュソンを見つめている。チュソン自身も自慢できることではないけれど、色恋沙汰には疎い。
 同年代の友人や従兄弟連中が色町の妓房に通っていると聞いても、自身は行こうとは思わなかったし、誘われても応じた試しはなかった。
 そのチュソンでさえ、央明はすごぶる初(うぶ)なのだと判るのだから相当だ。
 ややあって、央明の白い頬が熟れたように染まった。
「ほっ、本気でおっしゃっているのではないでしょうね。私は男ですよ」
 チュソンは笑いながら言った。
「男同士でも契りを交わすことはできます。もっとも、私もまだ詳しくは知りませんがね。ですから、私とあなたが夫婦として暮らすのもあながち無理ではないと考えています」
 チュソンは真っ赤になる央明をサッと抱き上げ、またしても膝に乗せた。背後から両腕を回して細い肢体を抱き寄せる。
 彼の生きてきた長い年月を思うと、居たたまれない。愛する人が負った荷は、あまりに重かった。せめて、これより後は央明が背負ってきた荷物をわずかなりとも自分が背負いたいとひすたら願った。
 後ろから手を回して抱きしめても、平坦な央明の身体に女性の膨らみはない。身体そのものも肉付きは薄く、やはり女人とは違う。
 しばらく静かな時間が流れた。どちらも言葉を一切発さなかったけれど、沈黙はけして居心地の悪いものではなく、むしろ心地良いものだった。
 唐突に、央明が沈黙を破った。
「本当に、がっかりしていないのですか?」
 央明を膝に乗せているチュソンには、彼の顔は見えない。けれど、チュソンは、きっぱりと断じた。
「ええ」
 ややあって、呟きが落ちた。
「変な男(ひと)」
 チュソンの顔に微笑が広がった。
「確かにね。自分でもまだ信じられないけど」
 真実を知る前の自分なら、到底受け入れがたいと思った展開だろう。ずっと初恋の少女だと信じていた妻が実は同性であり、男だった。その時点でもう結婚そのものを無かったことにしたいと願うはずだった。
 しかし、今、愕くべきことに自分は男の妻を腕に抱き、これも満更ではないと思っている。どころか、突然知った妻の秘密に動揺している間はまだ良かったが、落ち着いてからは妻の清らかな裸体に視線は釘付けであった。確かに女性のようなふくよかさは一切ないが、しなやかな身体、きめ細やかな肌は十分に魅力的でそそられた。
 下半身は辛うじてチマで覆っているものの、央明は上半身は裸のままであった。秘密がバレたから隠す必要もないのか、同性だから恥ずかしがる必要もないからなのかは判らない。
 浅ましい話だが、チュソンはショック状態から抜け出てからは、央明の裸体が気になって仕方なかった。あまつさえ、意識しすぎるあまり、身体が昂ぶってしまったほどだったのだ。男の裸を見て反応するなど、これまでの自分であればあり得ないと一笑に付していただろう。けれど、それが現実なのだ。
 結果、判ったことがある。
 央明が男であろうが女であろうが、どうやら自分には関係ないらしいのだ。つまりは、央明に幻滅もせず、かえって彼が抱えてきた秘密を知り、共有できたことで、これまで超えられなかったあと少しの距離が縮まったように思える。
 チュソンは囁くような声で言った。
「口づけても良いですか?」
 ハッと央明が身じろいだ。身体を強ばらせているのが抱きしめた手から伝わってくる。
 央明が嫌がるなら、無理強いするつもりはなかった。その辺りも今までと特に変わらない。
 ただ、今日の央明はこれまでと違った。かすかに震える華奢な肢体からは、やはり迷いは感じられたものの、コクリと頷いたのだ。
 チュソンはもう一度、央明を抱き上げると横向きに抱き直した。頷いてはみたが、恥ずかしいのだろう。じいっと俯いたままだ。