スペードのクイーン ~掌編集 今月のイラスト~
「本当に? だったら証拠を掴むチャンスかもしれないわね、現場を押さえてぐうの音も出ないようにしてやるわ」
優紀は浮気の決定的証拠を握るチャンスとばかり気色ばんでいた。
博美は週末から10日間の休みを取っている、名目はヨーロッパへの旅行だが、それは口実だろうと優紀は睨んでいた。
「ウチの宿六のスケジュールは?」
「割とスカスカですね、地方遊説もないし」
「旅行なんて嘘っぱちに決まってるわ、あの牝豚のマンションに転がり込んでいちゃつく気よ」
この数日間、優妃は取り巻きを使って佳男を見張らせ、佳男が博美のワンルームマンションに消えて行った証拠写真を掴んでいた、ただ、時間的には5~6分程、熱い抱擁とキスを交わす時間くらいはできるが愛の行為に及ぶには短すぎる。
佳男が大きな紙袋を下げて入って手ぶらで出て来たのも不可解だ、資料の授受なら他の秘書や職員にやらせればいいし、そもそも事務所で事足りる、佳男本人が出向く必要はない。
『必ず証拠を掴んでやる』優妃はそう決めて監視を続けさせていた。
「1時間経ちましたが出て来ませんね」
「わかった、そのままそこで待機よ、すぐに向かうから」
その日は佳男には何もスケジュールが入っていない休日、今日こそ何か動きがあるはずだと睨んでいたのだが、思った通りだ。
優妃は陽からの連絡に色めきだった。
「まだ出て来ない?」
陽に合流した優紀はすぐさまそう訊ねた。
「ええ、ずっと見張ってましたし、ここからなら非常階段も見通せますから間違いありません」
「じゃあ、突入するわよ」
「はい」
「行くわよ」
優妃は引き連れていた党職員に号令をかけた。
陽の同期でガタイの良い山田剛と言う男、柔道の黒帯でもある。
佳男は高校時代ラグビーのフォワードをやっていて大柄で力も強く、見た目よりずっと敏捷でもある、突撃を受ければ逃げ出そうとするかもしれないし、進退窮まれば襲い掛かられないとも限らない、細身の陽だけでは心もとない、それに陽にはカメラを持たせるつもりなので動画撮影係がもう1人必要だったのだ。
合鍵は陽にこっそり作らせていた、博美がトイレに立った隙に粘土型を取って複製した。
エレベーターから降りた優妃はさながら女王、2人の男を引き連れてズンズンと廊下を進み、陽に鍵を開けさせると土足のまま部屋へと進んで行く。
そしてバンと大きな音を立ててリビングの扉を開けると、果たしてそこにはローテーブルに向かってあぐらをかいた佳男の後ろ姿。
「浮気の証拠掴んだわよ! あんたたち、ちゃんと撮っておくのよ!」
だが、佳男に慌てた様子は見られない、ゆっくりとこちらに振り向いた。
「ちぇっ、見つかっちまったか」
「ええ、見つけましたとも! あの牝豚はどこ? クロゼットにでも隠れてるわけ?」
「鈴木さんか? 彼女はヨーロッパを旅行中だよ」
「嘘おっしゃい! だったらどうしてあんたがこの部屋にいるのよ!」
「留守中使わせてもらってるだけさ」
「ふん、しらじらしい……ちょっと、あんた、何やってるのよ?」
「何って……ガンプラを組み立てているんだが?」
「ガンプラ?」
「ガンダムのプラモデルさ、ほら」
佳男が作りかけのガンプラを差し出すと、優紀はその手をぴしゃりと払った。
床に叩きつけられて壊れるガンプラ。
「やっぱりなぁ……」
「やっぱりって何よ!」
「くだらないとかバカバカしいとか言うんだろう? 僕のささやかな趣味なんだがね」
「くっだらないことやってるんじゃないわよ! 子供みたい!」
「ほら、そうやってバカにされるし、悪くすると今みたいに壊されるから家や事務所では組み立てられないんだよな」
「そんなことより、あの牝豚を出しなさいよ!」
「だから、ヨーロッパだと言っているだろう? 嘘だと思うなら旅行会社に問い合わせてみると良い」
「そんなこと……どうせ口裏合わせしてあるんでしょう?」
「そこまで疑うなら入管で調べてみると良い、彼女は4日前に出国したよ、もちろん帰国もしていないのが証明できるはずさ」
「……本当……なの?」
「ああ、本当さ」
「それなら……それで良いわ……あんたたち、引き上げるわよ」
「ちょっと待てよ、僕の秘書の部屋に土足で踏み込んできて謝罪もなしか? そもそも合鍵をどうやって手に入れた? 彼女が事務所の誰かと交際してるとかって話は聞かないが」
「そんなことどうでも良いでしょ?」
「良くはないさ、おおかた粘土型でも取ったんだろうけどな、勝手に個人宅のカギを複製するのは犯罪だぞ」
「……」
「それに、そもそも浮気を疑われるのはパートナーとして心外だな」
「パートナー? ご冗談を、あんたはもう粗大ごみも同然よ、もう男として魅力ないし党にとっても要らないわ」
「そうかい? まあそこにいる武藤君とよろしくやってるらしいからな」
「陽は関係ないでしょ?」
「まあ、確かに若いしイケメンだよな、だが今のところまだ僕は君の法律上の配偶者なんだぜ、他の男と関係を持つのはマズいんじゃないのか? 僕は君に離婚を要求する権利がある、君の有責でな、慰謝料だって請求できる」
「慰謝料ですって? そもそも不倫の証拠がどこにあるって言うの?」
「まあ、今のところ確たるものは手に入れられてないがね」
「ホラごらんなさい、まだあたしがあんたの妻でいてあげてることに感謝して欲しいくらいだわ」
「ほう、そうかい?……武藤君、君はどうなんだ? いやいや、こんなヒステリックなカマキリ女で良ければすぐにでも独身に戻してやるがね、その後は結婚するなり愛人関係を続けるなり好きにしたら良い」
「……いや、僕は……その……」
「ああ! もういい! そうよ、陽とは1年くらいの関係になるかしらね」
「おや? 彼が君の秘書になったのは3年前からだったと思うが」
「政治家と秘書じゃなくて男と女の関係よ! あたしには彼が必要なの」
「利用価値があるってことか」
「ずいぶんな言い草ね、あたしと彼はそんなんじゃないわ、女と男として身も心も愛し合う関係だってことよ」
「おやおや、正直な自白をありがとう、確たる証拠になるな」
「フン、あたしの口からそれを聴かされて悔しい? あんたと結婚したのはあんたの苗字が欲しかっただけ、あの頃のあんたには勢いがあったから、あたしが政界に打って出るのに利用させてもらっただけよ」
「まあ、そんなところだろうとは思ってたがな」
「今のあんたはもう党の要職に就ける目はないわ、それどころかKM党に行くつもりなんでしょ? 力を無くしたあんたにまだくっついているような先の読めないコバンザメを引き連れてね、そんなことさせるもんですか! 今回は空振りだったみたいだけど、必ず尻尾を掴んでやるから覚悟しておくのね、あんたの浮気で離婚するならあたしには何のマイナスもない、むしろ同情票だって集められるかも、マスコミの前でせいぜい悲劇のヒロインを演じてあげる、そしてそうなったらあんたは政治家としてお終いよ」
「おお、こわ……ところで山田君、動画は撮れたかい?」
「はい、バッチリと」
「え? 山田君、何やってるのよ、カメラを止めなさい、データもちゃんと消去しておくのよ! わかった?」
作品名:スペードのクイーン ~掌編集 今月のイラスト~ 作家名:ST