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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 投球マシーンが止まり、通話も終わった。冬本は、コーヒーを淹れる動作を再開しながら考えた。つまり、ぬいぐるみ代わりだ。今になって、時間の過ぎるスピードが容赦なく加速しているように感じる。根を生やさないよう、常に足裏を意識してきたような生活。こういうときに役に立つとは思っていたが、それが今日で、しかもこんな形だとは思わなかった。
 明るい色のポロシャツにジーンズ、黒いリュックサック。一泊して帰っていく観光客のような出で立ち。約四時間のフライトを終え、空港に到着してロータリーに出たとき、ダークグレーのレクサスGS350が停まっていて、トランクの前で退屈そうに手をぶらぶら振る理緒が目に入った。冬本の頭の中で危険信号が光った。一人で車の外に出るなんて、不用心にもほどがある。早足でレクサスの前まで歩き、前を通り過ぎていく車との間に立ちはだかると、理緒は退屈な時間が吹き飛んだように、口元を手で押さえて笑った。
「お冬さん、待ってました。ポロシャツとか着るんですね」
 理緒が後部座席に乗りこみ、助手席に冬本が乗り込むと、運転手の若い女がハザードを消し、理緒の隣に座る蓮町がスマートフォンを差し出しながら、言った。
「運転手の顔を覚えろ。田中だ。あと、日本での連絡はこのケータイを使え。必要な番号は全部入れてある」
 冬本がスマートフォンを受け取り、前に向き直る際に目線を合わせたとき、田中は長いまつげに彩られた切れ長の目を向けると、口角を上げて微笑んだ。
「田中と申します。よろしくです」
 冬本は最低限の礼儀を素早く呼び起こし、余所行きの声で応じた。
「冬本です、よろしくお願いします」
 レクサスが動き始め、高速道路に合流したところで、日本語の看板を目で追っていた理緒が、思い出したように笑い出し、冬本に言った。
「あんなに走らなくても大丈夫。日本は、平和なんですよ」

  
 門林は、小学校四年生のときに自転車で転倒し、頭の骨を折った。友達を追い越そうとして立ち漕ぎしたときに左足がペダルから滑り、バランスを崩したまま電柱に激突するという派手な事故で、意識を取り戻すまで二日を要した。手術が終わって、頭が包帯でぐるぐる巻きになった門林に対して、医者は優しい笑顔で『元通りになるからね、大丈夫』と言った。しかし、元通りにはならなかった。元通りにならなかったことを、本人だけが理解できていないという意味では、門林自身は何も変わっていなかった。再登校した日は友達が祝うように拍手をしてくれたし、放課後も退院直後とは思えないぐらいに、活発に遊んだ。門林の両親が息子の変化に気づいたのは、一緒に遊んでいた友達の一人が病院に担ぎ込まれたときだった。市民プールに三人で遊びに行き、一人が持っていた浮き輪を使う順番で揉めた。そこまではよくある小学生同士の喧嘩だったが、大きく違ったのは、門林に殴られたその友達が、頬と鼻の骨を折る重傷を負ったということ。もう一人の友達は、その日を境に友達ではなくなったが、これから付き合うことになる相手に警句を残すように、言った。
『あいつヤバいぞ。マジで殺すと思った』
 それから十二年が経ち、門林はその短いコメントが予言していたように、人に暴力を振るうことに躊躇しない人間になっていた。そして、それを唯一受け入れたのは、母親の弟である真壁だけだった。
『おれだけでは決められへんねん。やから、いっこ手伝うてほしいんやが』
 無事『手伝い』が終わったことで、門林は真壁の家に住むことになった。当時は十四歳で、真壁は行動一つ一つを理解しようとするように辛抱強く付き合ったが、理解不能だということを理解し、対症療法でその症状を和らげる方向へ舵を切った。その暴力性が便利であるということに真壁が気づいたとき、門林は十七歳になっていた。ゲームやエアガン、甲高い声が車庫まで響くようなアニメ、そういったもので一時的に治療することができるということは、反対にそれを取り上げれば暴れるということでもある。そして、その原因が暴力を振るう相手にあるとすれば、何だってする。真壁は、仕事で凡ミスを犯した川宮を使って、暴力装置としての実力を実験した。買い与えたばかりゲームソフトを川宮のリュックサックに隠し、『ちょっと使わせてくれゆうて、持って行きよったわ』と言ったところ、門林は川宮をボロ雑巾のように引きずりまわした。吉田が止めに入らなければ、殺していた可能性もあった。やがて『手』と『足』という短い指示を覚えた門林は、それぞれ頭の中で『張り手』と『ミドルキック』に変換し、真壁が何かを取り上げなくても行使できるようになった。
 随分と長い道のりだったが、だいぶ楽になった。一階の台所で天ぷらうどんを二人前作っていた真壁は、声を張り上げた。
「おい! うどん食うか?」
 あのSOSは、正直まずかった。しっかり確認しなかったという意味では、吉田と川宮は連帯責任だ。降りてくる前提で鍋の中身を丼へ移したところで、真壁は再度呼びかけた。
「カドバ、食わんのかー?」
 返事はなく、真壁は洗濯機の横に立てかけた箒を掴むと、門林の部屋がある真下から突き上げた。それも効果がなく、真壁は自分のうどんにだけラップを巻くと、二階への階段を駆け足で上がった。
「おい! ゲームもええ加減にせえよお前」
 門林は部屋の真ん中に座っており、ポーズしたゲーム画面を見つめていた。困惑した表情を浮かべたまま真壁を見上げると、言った。
「ことわられた」
 真壁は、門林が持っていない方のコントローラーに繋がるコードが張りつめていることに気づいた。そのまま視線を落として、横倒しになった死体に言った。
「SOS姉ちゃん……、ごめんなあ」
 蛇のようなコードは、吉田と川宮が昨日連れてきた女の首に巻き付いていて、髪はいびつに引き千切られ、その両目は半分飛び出していた。今日は金曜の夜だ。連れてきて、まだ一日しか経っていない。遊び相手を用意しないと、門林は寂しがる。前の若い男は半年持った。『話が通じない巨人の相手、三食付き』という条件は、外の世界よりまだ快適だったらしい。ただ、門林よりゲームが上手くなり、手加減することも忘れたせいで、入れ替わることになった。その代わりが、久々に見つけたSOS姉ちゃんだったが、自分の体がすっぽり隠れるぐらい大きな人間を相手に、何かを断ったらしい。
「ゲームしようって言うたら、帰りたいって」
 門林が自分で答えを言い、真壁は笑った。それは、誰だってそうだろう。どいつもこいつも、アホばかりだ。しかし、自分が二十二歳だったとき、どのような振る舞いをしていたか。門林ほどではないが、真壁は常に『人の気持ちが分からない』と言われてきた。小学校の担任、中学校の生活指導、高校生のときは遂に父親から。口調は違えど、今思い起こせば、小学校の担任が最も真摯で、心配してくれていたように思う。最も温度が低かったのは、父親だった。母親は元々おらず、体格と年齢の違う動物が二匹、似たような場所をうろついているだけの生活環境だった。
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ