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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 ワンはそう言うと、今までいた部屋の中を覗き込んで、さらに顔をしかめた。冬本は、防波堤の向こうでぼんやりと光る屋台の灯りを指差した。
「屋台で一杯どうだ?」
「いいねー」
 スーツ姿の大男と、ランニングに刺青の痩せた男。人の記憶に残る組み合わせではあるが、屋台の傾いたテーブルを前に肩を並べてしまえば、溶け込むことができる。胡椒餅を肴にダークハニーエールを一本飲み干したところで、冬本は隣に座るワンに言った。
「日本に行くことになった」
「片道?」
 ワンは前を向いたまま言った。その顔は相変わらず明るかったが、頭の中ではすでに計算が始まっている。冬本が自分でも答えの出せない質問に俯くと、言った。
「元々、ここに来たのが片道だった」
「あんたの墓は、ここに建つもんだと思ってたよ」
 ワンは笑いながらダークハニーエールを二本頼み、一本を冬本に差し出した。受け取りながら、冬本は笑った。
「どの道、無縁仏だよ」
 ワンは水餃をつまみながら、顔をしかめた。その表情は、冗談を言い合う時間が終わったことを意味する。冬本は同じ表情を真似ようとしたが、この長い付き合いで上手くいった試しがない。ワンは少年の頃から裏社会にどっぷり浸かっている男だが、人を殺したことがない。相手の頭を吹き飛ばすことで解放できるエネルギーは発散されないまま、その表情や身のこなしに少しずつ重りを足していくように、積み重なってきた。そうすることでしか生み出せない凄味のようなものがあって、それは、ライターを点けるように引き金を引く自分や弓削には、どうあがいても得られない類のものだった。ワンは、遠くで鉄鍋を振るう店員の背中を見ながら、言った。
「あんたは、マイルールの人だ」
「これを頑固って言わないのは、あんただけだな」
 八年前、お互いの稼業のことを話したとき。冬本は、拳銃を整備するときに弾を一発ずつ抜いて並べるという話をした。笑い話のつもりだったが、ワンは笑わなかった。冬本が二本目のダークハニーエールを飲み干したとき、ワンは声を落として呟いた。
「何を動かしたい?」
「おれの四五口径だ。弾倉は三本。本州の海岸まで送り込んでくれたら、どこでも取りに行くよ」
「じゃー、ボトルに入れて海に流すか」
 ワンはそう言うと、口角を上げて笑った。冬本は困ったように眉を曲げて、同じように笑った。実際にはかなり厳密な手続きと根回しを経て、貨物船に積み込まれる。到着する側の港の名前から、担当者の名前まで決まっている。ワンも大概、マイルールの男だ。
「それいいね。手紙も入れといてくれ」
「あんたはどうやって動く?」
「まあ、飛行機だな」
 もう一本ビールが足され、他愛もない音楽の話が始まった。十五年を総括するにはあまりにも短すぎる一時間半が過ぎ去って、頭にアルコールの霧がかかる前に打ち止めにした冬本は、言った。
「ここの生活に飽きたら、来てくれ。サッポロビールをおごるよ」
「いいねー。いつか行けたら、そのときに」
 ワンはそう言って、宙に顔を向けたまま笑った。二人でライトエースまで歩くと、冬本は紙袋を取り出して、ワンに手渡した。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
 後ろ姿を見送り、冬本はライトエースの運転席に座ると、スマートフォンの日付を確認した。今日は木曜の夜。蓮町親子は、明日の昼に飛行機に乗る。こちらは夕方の便だ。蓮町親子は土日を新居で過ごして、理緒は月曜から新しい学校。その突然な変化を自分事のように考えてきたが、実際のところ、蓮町が一緒に来いと言っただけで、自分の人生を天秤にかければ断ることだってできた。問題は、断ることで何かを見いだせるような、価値のある人生を送ってきたわけではないということ。だとしたら、今までの主に仕え続けるのは一番自然なことだ。それがルールであり、今までにやってきたことを正当化する免罪符にもなる。
 弓削が言っていた五人組の仕事のことを思い出した冬本は、メッセージを送った。
『おれはしばらく、海外に出る。例の五人組の仕事は、今後のこともあるし一人でやってみたらどうだ』
 単刀直入な性格だから、その回答はおそらく、刃物で真っ二つに切った断面のようにまっすぐで、シンプルなものになるだろう。この時間なら、巡回を終えて一旦戻っているはずだ。数分でスマートフォンにメッセージが届き、冬本はディスプレイに視線を落とした。酔いがほんの少しだけ、元々そこまでは速くない頭の回転に、勢いをつけているように感じる。
『承知しました。長い間、色々なことを教えていただき、ありがとうございました』
 ワンと同じで、弓削とも十五年の付き合いだったが、このメールの文面からすれば、これで終わりになりそうだ。ワンのように、仕事の外で肩を並べて飲むような関係ではなかった。二人でやってきたことは、口に出せないことの方が多い。冬本は運転席の窓を下ろすと、遠くでまだ賑わう屋台から聞こえてくる笑い声を聞きながら座席を少し倒して、目を閉じた。眠りに落ちかけたとき、またスマートフォンが光った。
『明日の夜、顔合わせに行くことになりました』
 弓削からのメッセージに、冬本は思わず声に出して笑った。そう簡単には終わらない。十五年の付き合いなのだ。別れの挨拶のような一つ前のメッセージは、一体何だったのだろう。
『サンロクを必ず持っていけよ』
 冬本は返信を送ると、再びヘッドレストに頭を預けた。老婆心がしゃしゃり出てくる癖も、この国から出る瞬間まで消えそうにない。酔い覚ましに一時間ほど休んだ後、冬本はエンジンをかけて座席を起こし、ほとんど家具を置いていない自宅へと戻った。そもそも、自分の家ですらない。名義は一階下に住んでいる男のもので、空き部屋のような扱いだ。
 翌日の朝六時、蓮町からの着信で目を覚ました冬本は、習慣で手がコーヒーを淹れようとする仕草になるのを止めて、通話ボタンを押した。
「おはようございます」
「おはよう。予定は立ったか?」
 蓮町の声はよく響いている。おそらく、ピアノの部屋で話しているのだろう。
冬本はうなずいてから、その仕草が相手に伝わらないことに気づいて、声に出した。
「はい。今日の夕方に移動します」
「了解。そんなに早く用意できるなら、一緒に予約しといたらよかったな。空港で待っとくから、とりあえずしばらくはゲストルームに住め。おれの寝室より綺麗なぐらいだ」
 蓮町はいつもの早口で言い切ると、用を済ませたように静かになった。キャッチボールに例えるなら、蓮町はバッティング用の投球マシーンだ。設定された数の弾を撃ち終わるまでは、必ず話し続ける。充分な間が空いてから、冬本は言った。
「ありがとうございます。蓮町さん、一つ確認したいのですが」
「何だ?」
「理緒さんの学校までの送迎は、どうするんです? 私は日本で、免許を取り直さないといけないんですが」
 冬本が言うと、蓮町は笑った。
「理緒は、電車通学に馴染んでもらう。二駅ぐらい、どうにかなるだろ。おれの運転手はすでに手配済だから心配するな。お前はしばらくは家にいろ。じゃあな」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ