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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 真壁はそこから終始穏やかで、二人の飲み代も奢った。お互い連絡先を交換し、吉田からすると、見た目通り弱腰な小男と、意外に強面な小男が連絡先に追加されただけだったが、二日後に浜井が脳挫傷で死んだことで、人生が終わったことを確信した。しかし、居酒屋の店主が徹底的にしらを切ったことで、人生は終わらなかった。ただ、その代わりに、真壁との仕事上の付き合いが始まった。
 吉田はランドクルーザーの鍵を手に持ったまま、川宮の方を見た。その目が自分の方を向くのを待ってから、小声で言った。
「手、半分ほどけてたぞ」
「マジ?」
 川宮が負けじと小声で応じ、二人は同じ人物のことを頭に思い浮かべた。この場どころか、同じ銀河系にいてほしくないぐらいの存在。それは真壁の甥である、門林。真壁は『カドバ』と呼んで可愛がっているが、その手が頭に届かないぐらいに門林は大柄で、真壁の言うことは何でも聞き入れる。いいように言えば素直。悪いように言ってもいいなら、悪口は何百と思いつく。二十二歳だが、常に関節の部分が擦り切れかけたジャージ姿で、そのだらしのない顔つきは四十代にも見える。家の方から大音量でアニメの会話音が聞こえているから、今は部屋で趣味に熱中している。引き上げる準備をそれとなく始めた吉田が運転席側に回り込んだとき、真壁は目を見開いた。
「ちょー」
 間延びした『ちょー』は、注意を引くためのフレーズ。つまりちょっと来てという意味だ。
「ちょー!」
 二回目は本気。吉田は真壁が目を見開いている先にあるものを見ようと、同じ位置に立って、少しだけ屈んだ。
「おい!」
 吉田は、思わず川宮を呼んだ。川宮は最後に合流して、困惑したような表情を浮かべた。
「なんやこれ」
 窓の隅に小さく、結露をはっきりと掻き分けて内側から描かれた文字。しかも、外から読めるように反転させて書かれている。吉田はすぐにその意味と、女の手を結ぶ紐がほどけかけていたことを結び付けた。
『SOS』
 助けを求めようとしたのだ。吉田は改めて肝を冷やした。ランドクルーザーの後部座席には、毛布を掛けているとはいえベレッタ686を置いてある。上下二連の散弾銃を目の前にしても使い方は分からないだろうし、十発の鹿撃ち弾は別にしているが、棍棒代わりに使われるリスクはあった。そもそも、被害者のコレクションから勝手に取り上げたものだから、その存在が真壁に知られたらただでは済まない。吉田が反応を窺うと、真壁は注目を待ち構えていたように大げさによろめき、小さな声で言った。
「ちょー、なんぞこれ。縄抜けしたってことか?」
 耳だけが聞こえている女は首を横に振ったが、何の話をしているのか見えないのに否定できている時点で、このメッセージを書いた本人なのは間違いない。吉田が歯を食いしばったとき、真壁は手をぐるぐる回しながらバランスを取って元の姿勢に戻り、言った。
「ほんまー、気いつけや自分ら。しまいに足元から、きゃーんて掬われんぞ」
 吉田は身構えた。今は分岐点だ。ここで真壁が門林を呼ぶと、あのでかぶつは『手? 足?』と聞きながら下りてくる。手なら張り手、足ならミドルキックだ。門林の呼び方には数種類あり、最初から攻撃コマンドの『手』や『足』が使われることもあった。特に小柄な川宮は、反対側で受け止める準備をしておかないと、壁を突き破って外まで飛んでいきそうになる。真壁は長い溜息をつくと、ポケットから『お車代』の入った封筒を二通取り出して、言った。
「お疲れさん」
 二人は頭を下げて封筒を受け取ると、素早くランドクルーザーに乗り込んだ。気が変わる前に、一旦離れた方がいい。その考えを素早く行動に移した吉田が、車庫からランドクルーザーを出してシフトレバーを二速に上げたとき、二階の窓が開いていて、上半身裸の門林が手を振っているのがバックミラー越しに見えた。真壁は説明しないが、連れて来られる人間はおそらく、門林の『遊び相手』を数か月させられてから、出荷されている。実際、何カ月も前にさらったはずの人間が門林の部屋にいるのが、一度だけ見えたことがあった。これも想像の域を出ないが、真壁が人を殺せるとは思えない。だから、死体で出荷するときは、死体に変える役目は門林が担当しているのだろう。吉田は広い道に合流すると、真っ暗な景色に戻ったバックミラーをちらりと見て、また道路に集中した。真壁から離れることには、とりあえず成功した。その事実に開放感を感じ、さっきからずっと頭に引っかかっていることを、吉田は言葉に出した。
「あの人、見たかな?」
「誰?」
「オカマフィット」
「あー、見てるかもしれんね」
 短い会話で共通認識が生まれ、吉田のスマートフォンを手に取った川宮は、自分のスマートフォンにも藤松里美の電話番号を登録した。
    
    
 冬本は、港の近くにある観光客向けの屋台エリアが好きだった。人生の半分を海外で過ごしていながら、うろついているのは結局、日本語が通じる場所だ。ライトエースから降りると、冬本は屋台の前にたむろする人々を巧みに避けながら、人気の多いエリアを抜けて、港に降りる細い階段を駆け下りた。あまり人に見られたくはない。いや、最も見られたくない相手は、はっきりしている。蓮町と弓削、そして理緒だ。今日が最終日で、冬本が休暇を取っている代わりに弓削が二人分の仕事をしているから、鉢合わせするリスクは低いが、理緒が港の屋台に行きたいと言えばお供することになるだろうから、可能性はゼロではない。薄暗い船着き場のコンクリートに足を下ろすと、冬本は一番奥のドックまで歩いた。終点には白いヤマハのクルージングボートが係留されていて、濁った水に揺られながら、時折緩衝用のタイヤにぶつかって鈍い音を鳴らしている。持ち主の名前はワン。一日のほとんどを、この船の中で過ごしている。冬本の足音に気づいたワンがキャビンから半分だけ顔を出し、白い歯を見せて笑った。
「ようようよう」 
「こんばんは、今ちょっといいか?」
 冬本が言うと、ランニングにハーフパンツ姿のワンは完全に船の外に出て、伸びをしながらうなずいた。日焼け跡が残る痩せた体のあちこちに入った刺青は、四十歳という年齢にふさわしく、薄れて、滲んでいる。ワンは、スーツ姿の冬本を見て笑った。
「それ暑くねえ?」
「暑いよ。金持ちの守りをしてんだ。ドレスコードがあるんだよ」
 冬本はそう言って、笑った。二十年を超える海外生活で、色々な人間と様々な恩の押し付け合いをやってきた。その中で、十五年の付き合いになるワンは常に、個人的な付き合いの最前列にいた。数えきれないぐらい屋台で肩を並べて飲み、ワンが『物を動かせるよ』と他人事のように呟いたのは、八年前のことだった。冬本はほとんど自分の『稼業』のことを話さなかったが、ワンは言葉の端々から、冬本がどういう人間かということをかなり正確に理解していた。『いつか頼るときが来たら、そのときに』と言ったことが現実になるとは、思っていなかった。身一つなら飛行機に乗り込むだけだが、癖の強い手荷物は別だ。
「中、ちょっと汚れてんだよな」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ