小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Shred

INDEX|38ページ/40ページ|

次のページ前のページ
 


 月曜日の朝は、誰もが憂鬱。電車に乗れば、乗客の顔色がそう証明している。ずっとそう思っていて、それを上書きするような事件が起きるなんてことは、想像もしていなかった。藤松先生と理緒。三人で海に向かって『バカヤロー』と叫んだ一日の中には、何度でも繰り返したい記憶と、二度と思い出したくない絶望感の両方が、片方だけ上手く取り出せない状態で共存している。一週間が経って、今は金曜日。増山は、眠っている内に反抗期のように跳ねた前髪をピンで押さえると、制服の襟を整えた。事件が起きたのが、すでに先週の土曜日だということ自体、まだ実感がない。あの日、夜の九時に藤松から『私は大丈夫。ちょっと色々あって。心配かけてごめん』というメッセージが届いて、すぐに理緒へ電話をかけた。『今、連絡来た』と熱っぽい口調で話して一旦電話を切ったとき、ラッコ夫妻が貝を持つみたいに胸の前で手を合わせて、後ろからずっと様子を見ていたことに気づいた。つまり、両親。いや、お父さんとお母さん。
『はるか、大丈夫?』
 合唱するような二人の言葉を聞いて以来、自分にとってただの『増山たばこ店』だったこの家の中は、少しだけ景色が変わった。今は、別居状態の見えないバリアに裂け目ができて、ラッコ同士の会話が聞こえるときすらある。今は電車を二本遅らせて、開店を見届けてから学校へ出発するようにしている。そしてラッコ夫妻が顔を出すための狭い窓を見ていると、どうしても事件のことが頭をよぎる。ランドクルーザーを最初に見つけたのは、ゴス美だった。それが原因で鶴田との二股が発覚し、チャボが振られることになったから、これまでリーダー格だったチャボはあずまとペースケを師と仰いで、ナンパ大作戦に参加し始めている。力関係は少しずつ変化していて、それは相変わらずこの店を通じて把握できる。悪ゴロ委員長には、便利な環境だ。
 あの日は、力関係が捻じ曲がる出来事の、大人版が起きていた。
 藤松から無事だという連絡が来てから五時間後、地元の名士だった真壁家から火が上がり、猛然と炎を噴き上げる窯を中心に、車庫全体と家の半分が焼け落ちた。その家がランドクルーザーの行き先だということを知ったのは、ニュース映像で黒焦げになった車体の映像を見たときだった。
 原因は、真壁が裏でやっていた稼業の仲間割れで、主犯格の真壁を含む全員が死んだ。消防車三十台を出動させる原因とされた一味の顔写真は、この一週間毎日ニュースで流れた。そして、藤松が誘拐されて同じ場所にいたという事実だけが、今もそこから抜け落ちている。
 何ごともなく週末を過ごしたように、藤松は月曜日から学校に出勤した。理緒もクラスに来ていたし、自分も同じようにした。朝礼はいつも通りで、少しだけクラスの雰囲気が違うのは、文化祭の準備でこれから忙しくなるから。土曜日に買った資材は、クラスと協力してくれる美術部で半々に分けた。月曜日から木曜日までの間で起きたことは、今までの一週間で起きていたことと、ほとんど同じ。今日も、それが一日過ぎたことで、金曜日になっただけだ。増山が玄関から出ると、蓮町が頭を深々と下げ、顔を上げてから言った。
「おはよ」
「理緒、おはよ。動きと言葉、合ってへんから」
 増山が笑い、蓮町は痛みをこらえるように少しだけ間を空けてから、笑った。増山は並んで駅までの道を歩きながら、その横顔を見た。よく見ても気づかないぐらいに、その表情の変化は巧妙に隠されている。月曜日、まず蓮町は『父の出張が伸びました』と言った。土日で戻ってくるはずが、帰ってこられなくなったと。つまり、一週間ずっと家に一人なのだ。だから、月曜日と水曜日は増山たばこ店のお茶会に呼び、火曜日と木曜日は電話でずっと話していた。そこまで密に連絡を取り合って初めて、増山は蓮町の心が元通りにはなっていないことに気づいた。
「もう、朝から緊張するわー」
 増山が言うと、それがずっと未来の話であるように、蓮町は笑った。
「普通の家だよ」
 今日は、増山が蓮町の家に招かれる番だった。蓮町曰く、家の人間は一人もいないが、引っ越してきて間もないことが分かるような未開封の段ボール箱や空っぽの棚は、全て一人で整理したという。
 電車に乗り、まだ誰もいない通学路を歩き、コンビニでパンとジュースを買う。ほとんどが日常で、スポーツセンター裏へ向かうための分岐を通り過ぎるときだけ、蓮町は増山の背中に手を添えた。そこだけ越えれば、後は学校の正門。守衛のおじさんは、挨拶をする相手が二人に増えたから、やや早口で二回挨拶してくれるようになった。
 クラスに人が増えていき、増山は隣席に座る蓮町と話していたが、少しだけ会話の距離を空けた。自分ばかりが話しかけていては、いつまでも友達が増えない。余計なお世話かもしれないが、新しい人間関係が上手くいかなくても、いつだってまた二人に戻れるという自信がある。
「蓮町さん、おはよ」
 文化祭実行委員の中原が声を掛け、蓮町は同じように挨拶を返した。外交的な性格の女子生徒を中心に、挨拶する関係は広がっていく。増山がその様子を眺めていると、クラスの男子で最も運動神経のいい横川が、席の前を通り過ぎながら言った。
「蓮町さんにめっちゃ過保護やな。おかんか?」
「うっさいわ。はよ座れ」
 増山は鞄に平手打ちを食わせると、横川を追い払った。蓮町が笑うのと同時にチャイムが鳴り、藤松がタブレット端末と古風なバインダーを持って入ってくると、言った。
「起立」
 全員が立ち上がり、礼をして着席した後、藤松はその日の連絡事項を話し始めた。いつも通り、教室の壁が一番耳を傾けているのではないかと思えるぐらいに言葉が宙を舞った後、藤松は言った。 
「ほな、一日楽しんで」
 締めくくる言葉は、藤松だけの決まり文句。『では』や『以上』ではなく、常にその言葉だ。増山は、その様子を見ながら思った。蓮町の表情が少しだけ変化したように、藤松も事件前の自分がやっていたことを取り戻そうと、常に意識しているのではないかと。
 午前の授業が終わり、昼休みが半分ぐらい過ぎたとき、蓮町が言った。
「先生は、大丈夫かな?」
 増山は首を傾げた。それは月曜日から木曜日まで、ずっと頭を占めていたことだった。
「分からん。今、おるかな?」
 言うのと同時に立ち上がると、増山は蓮町と一緒に職員室まで歩いた。パックの野菜ジュースを飲む藤松が席に座ったまま振り返り、ストローを口元から離して笑顔になった。
「お昼、足りんかった? わしのクッキーを取りに来たんやな?」
「ありがとうございます。足りてます」
 増山が言うと、藤松はカゴからクッキーを二枚取り出した。
「ほんまかー?」
 三人でクッキーを食べ終えたとき、増山は言った。
「ちょっと相談したいことがあります」
 蓮町もうなずき、二人の顔を交互に見た藤松は立ち上がった。
「歩きながらでもいい?」
 人があまりいない駐車場の周りを歩き始めたとき、蓮町が言った。
「大丈夫ですか?」
 藤松は、それが自分を指していることにすぐ気づかず、慌てて蓮町の方を向いた。
「私? もう立ち直ったよ。あのバカヤローはマジで効いた。ありがと」
「いえ、元交際相手のことではないんです」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ