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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 蓮町が言うと、増山が横から補足した。
「先生がうちらに相談したいとか、ないかなと思ったんです」
「私が二人に相談したいってこと?」
 藤松は目を大きく開いたが、増山はその驚き方の中に若干の綻びを見つけた。相談したいことなどあってはならないと、大人の殻に籠ろうとしている。蓮町が顔を上げると、言った。
「あの日、はるかから私にも連絡が来て。私たちは、先生を助けようとしていました。それで……」
 蓮町はその先を言おうとして、口をつぐんだ。自分は何もしていない。増山の機転で、行き先がすぐに分かったのだ。増山は自分に会話のボールが飛んできたことに気づいて、目を伏せた。蓮町は、増山が自分の口から言いたくないのかと考え、話し続けるために息を吸い込んだ。言葉を発する直前に、藤松が言った。
「あの日、うちの生徒をめっちゃ見た」
 増山は、そのときに自分が感じていた焦りを思い出したように、少し紅潮した頬に手を当てながら言った。
「理緒が、車を調べてくれて。それで色んな人に連絡して、ベージュのランドクルーザーを見つけるよう、お願いしたんです」
 藤松は、小さく息をついた。大人の世界と言い切ってしまうには、自分のやっていることは脆すぎた。沈黙が流れかけたとき、蓮町が言った。
「それで、真壁の家がどこにあるか分かりました」 
 その言葉の隙間を頭の中で補った藤松は、蓮町の方を向いた。冬本は、最初からそうすることが決まっていたように、自分を助けた。どうやって見つけたのかということよりも、誰に頼まれたのかということが、ずっと気にかかっていた。
「冬本さん……。もしかして、蓮町さんが?」
「はい、絶対に助けてほしいと」
 蓮町が言ったとき、藤松は立ち止まって二人を抱き寄せた。
「ほんまにごめん、二人とも」
 田中が運転していたステップワゴン。藤松が助手席で、後部座席には体中に暴行を受けた痕の残る蓮町が横たわっていた。お互いのことをほとんど知らない三人が乗る車内は静かで、田中はずっと『アホやわ……』と独り言を呟いていた。その主語は、後部座席に座る蓮町ではなかった。冬本は、一緒には来なかったのだ。その顔を思い出すのと同時に、死ぬことを覚悟していた数時間の感覚が蘇ってきて、藤松は言った。
「怖かったわ……。助けてくれて、ほんまにありがとう」
 二人の体を離して、藤松は目に浮かんだ涙を拭った。増山は自分の胸に手を当てて、言った。
「せんせーも、わたしを庇ってくれた」
 蓮町は、藤松にハンカチを差し出して、言った。
「先生は、この土日を一人で過ごせますか?」
「刺さるわ」
 藤松はハンカチを受け取りながら即答し、増山が笑った。
「文化祭の準備あるし、わたし日曜ここ来ますけど」
「私も行きます」
 蓮町が言い、藤松はうなずいた。
「そういや、私も来る予定あったわ」
 昼休みが終わって教室に戻るとき、増山は言った。
「うちら、結構すごいことしてない?」
 蓮町はうなずいて応じると、自席に座った。チャイムが鳴り、数学の先生が入ってきて、昼からの授業が始まった。内容は全く頭に入らず、蓮町は何度も観たニュース映像を思い出していた。押収された凶器の中には、黒焦げになったオフィサーズがあった。
  
  
 放課後、蓮町家までの道は全てが目新しく、散歩コースを変えられた犬のように、増山はあちこち見回しながら言った。
「へー、こっち側は来たことない」
 坂道が多く、家は水平でも車庫の前の道が傾いていたり、かなり強引に建てられた家が多い。それでも門構えは立派で、自分が知る下町とは似ても似つかなかった。
「私も、この坂が中々慣れない」
 蓮町は少し上がった息を整えながら、顔を上に向けた。坂が終わり、平坦な片側一車線の道路にさしかかったとき、蓮町は角に建つ一軒家に顔を向けた。
「あれだよ」
 増山は、その敷地の大きさに目を見開いた。うちの店なら、世界中の煙草売り場とカウンターバーに、葉巻用のサロンも作れる。蓮町はパスワードを入れて鍵を回すと、玄関のドアを開けた。増山は後ろをついて入ると、声をできるだけ上品に整えながら張り上げた。
「お邪魔しまーす」
「本当に、誰もいないんだよ」
 蓮町が言い、増山はその目を盗み見た。友達を連れてきて、こんな悲しそうな顔をする人は、見たことがない。家に上がって居間に落ち着き、蓮町はティーセットを持ってくると、言った。
「ストレートでいい? ローズリーフとシナモンもあるよ」
「茶なら何でも良し」
 増山が真顔で言うと、蓮町は笑った。
「まあ、見てよ」
 蓮町は増山をキッチンに呼び、紅茶の葉を並べた。ローズティーを二杯分淹れると、カップに注ぎながら言った。
「私、お父さんはあの場にいたんだと思う」
「え? 真壁の家?」
 増山が言うと、蓮町はうなずいた。
「お父さんは、絶対に弱みを見せない人だから。でも、本当に弱い人なんだ」
 紅茶を飲んで、学校の話にどれだけ軌道修正しても、話は先週の土曜日である『あの日』に逆戻りした。蓮町は直接二人で話せる場所が欲しかったように、自分がパニックルームにいたことを話し、増山を案内した。
「家の中のとある部屋って、これか。家の中に家、みたいな」
「はるかとは、ずっとここでやり取りしてた」
 部屋の中を見て回ったとき、蓮町は最後に残った部屋に顔を向けた。
「あとは、ピアノの部屋かな。何か弾こうか?」
「おー、いいねー。聴きたい」
 増山がスキップするように飛び跳ね、蓮町はピアノの部屋に入った。増山と一緒でないと、部屋の空気を吸い込むだけで色々なことを思い出してしまい、おそらく耐えられない。そう確信していたから、あの日以来、ここに入ることはなかった。蓮町は、冬本と交わした会話を思い出しながら、ピアノの大屋根を開いた。鍵盤の蓋を開き、増山のために追加した椅子の上に乗った埃を払ったが、その一挙一動がどうしても冬本の記憶と結びつき、一度ピアノから離れた。文句を言いたいとか、そんなことは全く思わない。
 ただ、生きていることだけでも、教えてほしい。そうお願いしただけだ。
「これ、グランドピアノってやつ? すごいな。どんな曲が好きなん?」
 椅子に腰を下ろした増山が言い、蓮町は心から重りを抜かれたように息を吐いて、言った。
「私は、ゆっくりで悲しい曲が好き」
 そう言って、蓮町は演奏用の椅子へ腰を下ろすと、楽譜をめくった。指を滑らせていると、何度も開きすぎて癖になっているページで紙が自然に止まり、それが月光の第一楽章 であることに気づいて、小さく息をついた。さらにページを繰ろうと端に触れたとき、無意識に手が止まった。ページの右上が、青色に光っている。それが何かは、すぐに分かった。あの日買った、ラインストーンステッカー。パニックルームの中は暇で、オフィサーズの殺風景なフレームに貼っている内に、止まらなくなった。お冬さんは、少し驚いていたっけ。
 それが一枚だけ、楽譜の上に帰ってきている。蓮町は、後ろを振り返った。
「後ろ、見とこか?」
 増山が言い、蓮町は首を横に振った。
「大丈夫」
 増山は、その言葉に今までにない力強さを感じ取り、首を伸ばしながら楽譜に目を細めた。
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ