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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 藤松は、車庫へ足を踏み出した。目が回ったようにふらつきながら、散弾銃に弾を装填している川宮の後ろ姿が見えて、その不器用な左手が一発をこぼした。一発は薬室へ滑り込み、川宮はもう一発をポケットから取り出した。冬本が門林を押し返し、尻餅をついた門林は自分が投げた中華鍋を拾い上げると、それを力任せに振って冬本が伸ばした左手を弾き飛ばした。手首にぶつかって鈍い音を鳴らし、冬本が苦痛に顔をゆがめたとき、川宮が二発目を装填して薬室を閉じ、最初よりも少しだけしっかりとした手つきで構えた。門林が立ち上がり、中華鍋を振りかぶったとき、川宮は二発を撃った。一発は門林の左肘を抉り、もう一発は冬本の右脇腹から肉を削ぎ落した。門林は唸り声をあげながら、撃たれた八つ当たりをするように、冬本の体へ中華鍋を振り下ろした。冬本は、繰り返される攻撃を腕で受け続けながら、出血に合わせて薄れようとする意識を繋ぎとめようと、歯を食いしばった。
 弾切れになった川宮が薬室を開いたとき、その姿勢がまた前のめりになり、薬室へ弾を押し込む動作に意識の全てが向いているということに、藤松は気づいた。蹴られた脇腹が報復を望むように痛み出し、藤松は後ろから静かに近づくと、川宮が背負うリュックサックの開いたポケットへ、ロボットを滑り込ませた。
 門林が中華鍋を振りかぶったとき、後ずさりながら藤松は言った。
「ロボ、電話かけて!」
『オッケー! 誰に?』
 川宮の背中から、ロボット特有の甲高い声が鳴り響いた。門林が振り返り、中華鍋を地面に落とした。川宮は周囲を見回し、自分の手が届かない場所から聞こえた声に困惑していたが、前へ向き直ったときには、門林の手が目の前に伸びていた。
「お前! 盗るなって言うた。おれは盗るなって言うた!」
 門林は川宮の首を掴んで体を持ち上げ、車庫の壁に投げ飛ばした。散弾銃が明後日の方向へ飛んでいき、川宮は壁に背中を打ち付けて前のめりに倒れた。『ロボ』がリュックサックから顔を出していることに気づいた門林は、引っ張り出して床に立てようとしたが、壁に激突した衝撃で、その胴体は完全に潰れていた。川宮が立ち上がろうとしたとき、その頭を掴んで引きずり上げた門林は、目を合わせて口を大きく開けた。先端の千切れた舌が動き、川宮がその意図を読み取れずに瞬きをしたとき、門林は川宮の喉に噛み付いて、動脈ごと引き裂いた。
 藤松が悲鳴を上げたとき、ようやく自分の足で立ち上がった冬本は、血の気が引いた顔を向けて言った。
「田中が、外で待ってます」
「冬本さん」
 その右手に握られたオフィサーズを見て、藤松は手を伸ばした。冬本は首を横に振って、ここから出るよう目で促した。藤松は叫んだ。
「やめて!」
 冬本はオフィサーズを門林の後頭部に向けて、引き金を引いた。頭が跳ねて、門林は川宮の死体に覆いかぶさったまま動かなくなった。その場に座り込んだ藤松の方を向くと、冬本は言った。
「あなたは、特別な先生だ。理緒さんを、よろしく頼みます」
 藤松はその言葉で、自分が県立双見高校の教師で、この狂った家に招かれた家庭教師ではないということを、電流に打たれたように思い出した。ここは、自分の居場所ではない。逃げるためにどうすればいいか、ずっと考えていたはずなのに。藤松は立ち上がると、よろけながら外へ出た。田中が手を振って合図を送りながら、言った。
「先生っすね? 怪我は?」
「してません。でも、冬本さんが」
 田中は藤松の懇願するような口調を聞き、車庫へ飛び込んだ。冬本の怪我を見て息を呑み、言った。
「大丈夫……、なわけないか」
「アリサ、外で待っててくれ。何が聞こえても、中には来るなよ」
 冬本はそう言うと、言うことを聞かなければオフィサーズの銃口を向けるつもりのように、歯を食いしばった。田中はしばらく目を見つめていたが、ようやく納得したようにうなずいた。
「分かりました。コンビ復活っすね」
 田中はステップワゴンに戻り、藤松を助手席に乗せると言った。
「ちょっと、耳を塞いどいたほうがいいです」
 冬本は、オフィサーズを右手に持ったまま、家の中へ入った。あちこち物がひっくり返っていて、酷い有様だ。しかし、裏手に窯があることは事前に知っていたから、そこに弓削と蓮町がいることは分かっていた。
 十年前、蓮町は顔合わせで『熊と男前のコンビか』と言って、笑った。その後続けて『どっちが拷問するんだ? 熊か?』と言い、熊と言われた冬本は『いいえ、それは男前の仕事です。相手も、私に爪を剥がされるよりは気分がマシでしょうから』と答えた。そのときのことを思い出し、冬本は誰もいない部屋を横切りながら笑った。理緒の母親を事故死させた、二人の護衛。そこから始まったことを、自分と弓削という後任の護衛が終わらせる。誰に雇われていようと、クライアントは給与の支払主で、死んだらその時点で雇用関係は消える。そして、その関係をこちらから消すことも可能だ。価値のある人生を送ってこなかった分、気に入らなかったときは自分の好きなようにできる。ゼロに落ちるのではなく、ゼロに戻るだけの人生。気楽なものだ。
 冬本は、裏口へ繋がるドアを開けた。革靴の底を蓮町の頭に当てた弓削が、言った。
「お久しぶりです」
 蓮町の服全体に隙間なく泥がついているのを見て、冬本は苦笑いを浮かべた。
「遊んでんな」
 弓削が答えようとしたとき、冬本はその頭を撃った。そのまま蓮町の前に屈みこむと、頭を掴んで引き起こした。
「意味は分かるな?」
 その声に含まれた怒りに、蓮町は震えながらうなずいた。冬本は思い通りにいかない呼吸を整えながら、絞り出すように続けた。
「二回目の人生だと思え。おれがお前を生かすのは、理緒さんのためだ」
 蓮町の頭を離すと、冬本はオフィサーズをその左目に突き付けた。
「おれは、お前をこれから見張る。その間、何か妙なことをして理緒さんを危険な目に遭わせたら。おれは、お前と同じ苗字を持つ人間を、一人ずつ殺す」
 言い終わったとき、冬本は気づいた。蓮町の表情を見る限り、その口からは陳腐な約束の言葉しか返ってこない。後は、行動で示してもらう。オフィサーズの銃口を逸らせると、冬本は言った。
「外で、田中が待ってる」
 蓮町が這うように出て行くのを見ながら、冬本は田中にメッセージを送った。
『蓮町を連れて帰れ。おれはもう少し用事がある』
 しばらく時間が経ち、ステップワゴンのエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえてきたとき、冬本はようやく身の回りのことから解放されたように、腰を下ろした。脇腹を抉った傷がどのようになっているかは、触っただけでは何も分からない。
 弓削の体を仰向けにすると、冬本は呟いた。
「お前、化けて出ろよ」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ