小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Shred

INDEX|33ページ/40ページ|

次のページ前のページ
 

 門林はまた笑った。藤松は、さっき触れた髪の束を思い出さないように気をつけながら、部屋を見回した。少しずつ馴染んでいる。目が再チャレンジするように周囲を探り始め、門林の背中側に積まれた段ボール箱から小さなロボットの顔が覗いていることに、藤松は気づいた。
「カドバ、あの子は誰?」
「あれは、ロボット。要るやつ」
 スマートトイと呼ばれるものだ。人工知能が入っていて、話しかけると返事もできる。数年前に出たばかりのとき、買おうか真剣に迷ったことがあった。そのときタカシは『生身の人間がここにおるのに?』と言って、いなくなるなんて現世では起きるはずがないことのように、言っていた。藤松は小さく息を吸い込んだ。
「名前はある?」
 門林は当たり前のようにうなずくと、違うステージを選びながら言った。
「ロボ」
  
  
 頭ごなしに言われると、反対のことをしたくなる。田中はステップワゴンの運転席で、デフトーンズのノーズブリードを小さく鳴らしながら、自分がこの業界に入ったきっかけを思い出していた。金持ちの家に育ち、大学を中退する羽目になった二回生の冬までは、毎年仲間と旅行に出かけていた。運命の分かれ道になったのは、男二人、女二人で夏休みに出かけた海外旅行。名前は意識して忘れたから、女友達として記憶に刻まれている。バーで酔いつぶれてしまい、その子を狙っていた男友達は『介抱するから先に行きや』と言った。私がもう一人の男友達と付き合いかけていたのもあって、うまく二人ずつに分かれることができた。そこまでは良かった。
 酔いつぶれた女友達と、私たちを二人きりにしてくれた男友達は、今でも見つかっていない。タクシーに乗ったところで、車ごと目撃情報は途絶えた。おそらく、行き先を伝えてもその通りにしない運転手が、この世には一定数いる。その日の夜を一緒に過ごした男友達は知人に格下げされ、私は通学できなくなって大学を中退した。そこから合法に人を運ぶ運転手になり、非合法との境目は次第に曖昧になっていった。
 そんな中で唯一守ってきた掟は、顧客を必ず目的地まで届けることだけでなく、途中で見捨てないことだ。
『人とかフツーに殺せる』
 どうして冬本にあんなことを言ったのだろう。田中はステアリングに軽く手を乗せたまま、道一本を挟んだ先にある分岐を見つめた。答えは、はっきりしている。期待に応えようと思って先走る性格、いつか命取りになりそうな悪癖だ。銃を撃つ訓練は一通り終えているが、人を殺したことはない。そして、運転手である以上、防戦だけで自分から攻撃することはないと思っていた。しかし、今やっていることはその真逆で、敵に向かって突っ込もうとしている。田中はオーディオの音量を絞って完全に消し、窓を小さく開けた。ルールは臨機応変に変えていかなければ、生き残れない。冬本のように化石になるまで同じことを極めた人間なら押し通せることでも、若造の自分にとっては命取りになる可能性もある。田中は影絵のような林に目を凝らせた。
「頑張ってや……」
 独り言を呟くと、田中は目が慣れ切らないように、明るい場所と暗い場所を交互に見ながら動きを待った。真っ暗に見える林の中。あのどこかに化石代表の冬本がいて、底の薄いウォーキングシューズで歩いている。
 数分が過ぎ、忘れた頃に通過する車のヘッドライトを目で追っていたとき、田中は見覚えのある車体に目を凝らせた。黒のキャラバン。それが迷うことなく分岐を折れて、ヘッドライトをスモールに切り替えたのを見て、スマートフォンを取り出した。電源を切っていても、メッセージを送っておくことはできる。どのタイミングで電源を入れるのかは分からないが、できるだけ有利な状況に持って行きたい。田中は左手で画面の光が漏れないよう囲みながら、冬本にメッセージを送った。
『キャラバンが上がっていきました。ヘッドライトを手前で消したので、何か考えがありそうです』
 小さく息をつくと、田中はストップウォッチに切り替えた。冬本が指定した二十分の内、十分が過ぎた。あと半分。
     
   
 ヘッドライトを消した川宮が目を細めているのを見て、後部座席から身を乗り出した弓削は笑った。
「消すの手前すぎねーか?」
「おい、前に顔出したら気づかれるやろ」
 川宮がフロントガラスにぶつかるぐらい顔を突き出したまま言い、弓削は引き下がった。
「てか、なんでこそこそしてんだよ。その真壁ってのは、仲間じゃねーの?」
「予定外のことが一つでもあったら、質問攻めにしてきよる」
 川宮が苦々しい口調で呟くと、弓削は笑った。
「そーゆータイプね、了解」
 薪が大量にあって、炭焼き用に使われていた窯で死体を処理する。いいシステムだ。弓削は上り坂の途中に存在する二階建ての家を見上げた。二階にこちらを向いた窓があって、カーテンがかかっているが、電気が点いているように見える。
「てか、吉田さんから返事は?」
 弓削が訊くと、川宮はホルダーに置いたスマートフォンを見て、首を横に振った。
「まだやな」
 玄関を行き過ぎて車庫の前でキャラバンを停め、川宮は運転席から飛び降りるとシャッターのドアに手を掛けた。鍵がかかっている。少なくとも吉田は真壁に『予約』をしていたから、鍵は開けてあるはずだ。今までになかったことが起きている。川宮はキャラバンに乗り込むと、反対側の砂利でできたスペースに前から突っ込み、サイドブレーキをかけた。急な運転に頭を揺らせながら、弓削が言った。
「なんだ? 急にキレてんな?」
「いや、シャッターが閉まっとる。ちょっと、家の中見てくるから待っといてくれ」
 川宮が運転席から再び降りて、小柄な体を忙しなく動かしながら玄関へ入っていくのを見て、弓削は呟いた。
「グダッてんなー。親分、これはプロじゃねーよな?」
 蓮町は自分に会話のボールが投げつけられるのを待っていたように、鼻で笑いながら言った。
「即席の仲間らしいな。ちゃんと面接はしたのか?」
「してねーよ。冬さんからも連絡来ねーし。これは、もうあれか?」
 弓削は、完全に蓮町の方を振り向いた。蓮町は、そのぎょろりと見開いた目から思わず顔を逸らせた。弓削は目を追いかけるように首を傾けると、小指を舐めて湿らせ、蓮町の右耳に突っ込んだ。蓮町は、ものの数秒で痛みに悲鳴を上げ始め、弓削はそのまま力を込めながら言った。
「もう、ここで死んじまうかお前?」
  
  
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ