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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 ステップワゴンの助手席で目を閉じていた冬本は、田中に肩をぽんと叩かれて目を開けた。
「着きましたよ。どうすか? 暗い場所バッチリ?」
 十分ほど前に目を閉じたとき、田中は『うわ、寝た』と言って笑ったが、それは山の中を歩くのに備えて目を慣らせるためだ。冬本が再度目を開けて説明すると、田中は感心したように目を見開いていた。十分が過ぎてもその興味は薄れず、好奇心の塊のような目で視線を向ける田中に、冬本は言った。
「大丈夫。はっきり見える」
「そういうの、どこで習うんですか?」
 田中はサイドブレーキを静かに踏むと、ブレーキランプを光らせないように両足を少し引いてから言った。冬本は肩をすくめると、オフィサーズのスライドを引いて一発目の四五口径を装填し、安全装置をかけてから答えた。
「死なずに生き延びてきた先輩方から、学ぶんだよ。誰も教えてくれないから、見て盗むしかない。ブレーキランプを光らせないようにするのと同じで、そういう奴しか知らないことがあるだろ」
「あー、職人ぽいっすね」
「そうでもしないと、過当競争になる。おれみたいな奴にとっては、楽な仕事だからな」
 冬本はスマートフォンを取り出すと、電源を切った。
「林の中でこれが鳴ったら、命取りになる。状況が掴めたら復活させるから、それまで連絡はなしだ。おれが降りたら、そこから二十分測ってくれ。待機場所は、例の分岐が見えて同じ道路沿いじゃなければ、どこでもいい」
「了解。ほんまにピンチになったら、どうやって合図します?」
 田中が訊くと、冬本は想定していなかった質問が飛んできたように、顔をしかめた。
「二十分以内に連絡するよ」
「いや、それは分かるんですけど。相手が五人ぐらいでマシンガン構えて待ってたら、どうします?」
 田中が軽機関銃を構える仕草をすると、冬本は笑った。
「おれは、自分から銃を撃つつもりはない。必ずその前に連絡する。それより前に銃声が鳴ったら、それは違う誰かってことだ。そのときは解散だな」
 両手を下ろすと、憮然とした表情で田中は言った。
「一人で逃げろってことですか?」
 冬本は、田中の方を向いた。二十五歳なだけあって、その威勢のいい頭の中には、まだ迷いがない。一番教えたいことがあるとすれば、この仕事には、若い人間が命を賭けるだけの価値はないということだ。少し間が空いたことに気づいて、冬本は言った。
「おれたちは、ただの雇われだ。上手くいかなかったら、すぐに逃げるんだ」
「一応、蓮町さんが死ぬまでは雇われてますんで。考えときます」
 田中が自分を無理やり納得させるように言い、冬本はステップワゴンから降りた。薄暗い蛍光灯で照らされる案内板の隣から伸びる遊歩道に入ると、ウォーキングシューズの薄い靴底で地面の感触を確かめた。真っ暗闇のようで、木々の間は少し明るく見える。所々に巻いてある赤いテープを見ながら、冬本は足を進めた。地面は乾いているが、傾斜は険しい。ベルトに挟んだオフィサーズは体温を吸い取るように冷え込んでいて、長年同じ位置に収まってきたとは思えないぐらいに、他人行儀に感じる。何より、こうやって歩いていると、この状況を作り出した蓮町に対して、足元を危うくさせるぐらいの怒りが湧いてくる。弓削は殺されかけ、関わったせいでワンは命を落とした。田中は運よく大きな怪我をせずに済んだが、下手をすれば死んでいた。自分と同じ業界を這いまわる人間の命は、基本的に安い。しかしそれは、人の命を奪うことで金をもらっているからであって、敵に自分から差し出せるぐらいの値段という意味ではない。
 遊歩道の途中まで歩いた冬本は、木々の切れ目に注目した。小石や枯れ葉に覆われているが、もう使われていない『通路』が見える。枯れ葉を静かに払って平らな部分を確認すると、冬本は遊歩道から外れて林の中を歩き始めた。
   
   
 門林が選んだのは対戦型のゲームで、藤松は聞き役に徹しながら、操作できるキャラクターの説明を根気よく頭に入れていた。頭の半分が死ぬことを覚悟しながら、残りの半分は、この門林という人間に対する関心が占めている。そのたどたどしい話し方や、些細なきっかけで癇癪を起こす性格は、おそらく後天的な物だ。交通事故の怪我で人格が変わるように、子供のころに外傷を負ったのかもしれない。藤松が次々と入れ替わるキャラクターを眺めていると、門林は女性キャラクターまで戻り、勝手に決定ボタンを押した。
「フジはこれ」
 一人ずつ紹介したのは、一体何だったんだろう。そう思いながらコントローラーを握った藤松は、門林の目を見て言った。
「色んな人がおるね」
 門林はうなずいたが、その目は少しだけ光を失って、鋭くなった。
「こんなにいらん」
「もっと少ない方がいい?」
 藤松が言うと、門林は自分のキャラクターを選びながらうなずいた。拳法を使いこなす老人で止めたとき、藤松はそれが真壁に少し似ていることに気づいた。
「オヤジさんに似てるね」
「似てる」
 門林は同じことを考えていたようで、猫背を少しだけ起こした。
「他に、知ってる人に似てるキャラはおる?」
 藤松が言うと、門林は画面をスクロールして長身のキャラクターを選び、言った。
「吉田」
 ランドクルーザーの運転手。藤松は、ずっと運転していた吉田の後頭部を思い出した。門林は次に、小柄で猛獣のように険しい顔の男を選ぶと言った。
「川宮。こんなに怖くない。弱い」
 事故のときに助手席から降りてきて、傘を投げて寄越した男だ。藤松はうなずきながら、門林の方を向いて言った。
「この二人は、いらんの?」
 門林は初めて秘密を共有するように、藤松の目を見るとうなずいた。ゲームが始まり、対戦の方法をそもそも知らない藤松は、適当にキャラクターを動かした。門林は慣れた手つきで藤松の選んだキャラクターを投げ飛ばし、回し蹴りを頭に食らわせて三十秒も経たない内に倒した。
「フジも弱い」
「ちょっと手加減してよ」
 藤松が言うと、門林は笑った。社交辞令や場を流すための笑いは、存在しない。笑顔を引き出せたことで少し心を落ち着けた藤松は、門林の横顔を見ながら、言った。
「オヤジさんとも、対戦する?」
「せん。仕事の関係」
 門林は同じキャラクターと同じステージを選び、対戦を始めた。藤松は投げ技を食らわないようキャラクターを逃げ回らせたが、その分追加の蹴りを受けて負けた。キャラクターの選択画面に戻り、門林が再び同じ条件でゲームを始めるのを見ながら、言った。
「仕事かあ。いずれは継ぐの?」
「やることが違う。オヤジさんはいつも考えとる。弱い。おれは強い。やから、言うことを聞く」
 門林は、コントローラーを握っていない方の手を固めて、また開いた。藤松は、その素朴な言葉から実態をおぼろげに理解した。吉田と川宮が誘拐の実行犯で、外の世界との接点。全体の指揮を執るのは真壁だから、その言うことを忠実に聞く門林は、吉田と川宮を見張るための『装置』だ。三回目でやっと、門林の操るキャラクターにパンチを当てた藤松は、投げ技で何度も飛ばされて負けてから言った。
「とりあえず、一発は当たった」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ