小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Shred

INDEX|30ページ/40ページ|

次のページ前のページ
 

 真壁が言うと、藤松は抵抗する気力を一切持ち合わせていないように、後部座席から降りた。その様子を見ながら、真壁は思った。自分が何を要求されるか分かっていないというよりは、頭で想像していたことと食い違っていて、その処理に困っているようだ。
「あのさ。乱暴目的とか身代金みたいな、そういうのちゃうからね」
 真壁が言うと、藤松は首を傾げた。
「じゃあ、何なんですか?」
「ちょっと、うちの甥の遊び相手になったってほしいねん」
 言いながら、真壁はSOS姉ちゃんの最期を頭に思い浮かべた。藤松は冷静そうだから、しばらくは相手になるかもしれない。ただ、いつ逆鱗に触れるかは、どちらかというと門林次第だ。
「それが終わったら、帰れますか?」
 藤松が言うと、真壁は力強くうなずきながら思った。その理知的な目に賭けるしかない。終わるとは思えないがチャンスはある。頑張って、自分で掴んでくれ。
「とりあえずさ、中に入らな始まらんから」
 真壁が短い腕で促すと、藤松は歩き方を思い出すように一歩ずつ足を進めた。真壁は一度振り返ると、吉田に言った。
「ちょっと待っとけ。封筒持ってくるわ」
 吉田は二人が家の中へ入っていくのを見送ると、助手席からベレッタ686を取って車庫から出た。家の裏へ回り、十発の実包が入ったポーチから二発を抜いて装填すると、窯が鎮座する家の裏口へ立て掛けて、すぐ真下にポーチを置いた。二階から飛び降りても、一階から飛び出しても、この裏口へ辿り着ける。長年、家に出入りする中で見つけた、相手を振り払うための最適なルート。そして、そこには引き金を引くだけで十二番の散弾をばら撒く散弾銃がある。吉田は、自分がそこへ辿り着く様子を想像しながら、川宮にメッセージを送った。
『藤松を家に入れた。真壁と門林は、どっちも家におる』
 川宮と弓削を呼ぶのは、この奇妙な『顔合わせ会』が一段落してからだ。門林が一旦大人しくならない限り、計画は上手くいかない。吉田はランドクルーザーの車体にもたれたまま、考えた。今の状態が幸運なのか、判断できない。事故を起こして、窓にSOSの文字があったことを知ったときは、完全に悪運だと思っていた。弓削が突然現れたのは、ある意味とどめの一撃。ただ、続いた悪運はそこで底を打った気もする。今、真壁のポケットの中という、どうしようもなく狭い運命共同体から脱出できる可能性は、今まで一番高くなっている。人生、分からないものだ。
 川宮は、弓削と例の蓮町をキャラバンに乗せて、かなり手前の林道で待機している。遊び相手を得た門林は大抵、大音量でアニメを観るかゲームを始める。そうなると、外で騒ぎが起きたとしても、よほどのことでない限り中断することはない。そこで川宮を呼び、門林の気が逸れている間に真壁を殺す。弓削と蓮町を家の中に入れたら、ここで散弾銃の出番だ。この時点では、自分と川宮の両方が家の外に出ているべきで、外から見える門林の部屋の窓へ、散弾を撃ちこむ。門林がパニックを起こすまで、何発でも撃ちこんでやればいい。そして、耐えかねた門林が一階に下りたときに鉢合わせするのは、真壁ではなく弓削だ。どちらも話が通じないという点では共通している。ただ、真壁をどうやって静かに殺すか。そこだけが難しい。一発で気を失うぐらいのことをしないと、真壁は必ず門林を呼ぶ。そうなったら、力で勝つのは難しくなる。そこまで考えて、吉田は大きく伸びをした。自分の頭の中にあることを川宮に全て伝えてもいいが、自分と同じタイミングで外に呼べればその時点で成功だし、揃っていなかったところで、あいつがどうなっても正直構わない。お互い車はあるのだから、ここで現地解散だ。そもそも悪運という意味では、あの居酒屋で酒を飲もうとのれんをくぐったときから、始まっていた。吉田が暇を潰しながらあれこれ考えていると、内容に釘を刺すようなタイミングで川宮からの返事が届いた。
『了解。誰がどこにおるか、分かるか?』
 返信を考えながら、折りたたみ椅子に腰掛けるか迷い始めたとき、上着を着込んだ真壁が戻ってきて、言った。
「遅くなってすまん。自分、まだ元気残ってるか?」
 嫌な言い回し。さらに手伝ってほしいことがあるときの、お決まりのセリフ。吉田は顔をしかめないよう細心の注意を払いながら、うなずいた。真壁は笑顔になると、言った。
「良かった。いや、これ買ってんけどな。威力が分からんから試したいねん」
 言い終わるのと同時に、真壁は吉田の脇腹にスタンガンを押し当ててスイッチを入れた。電流を受けて全身に棒を通されたように硬直した吉田は、真横に倒れ込んだ。真壁は、意識を失っていることを確認すると言った。
「しょーもないこと、考えとんのやろ」
 川宮とセットで来なかったのは、これが初めてだ。吉田と川宮が必ず揃って訪れる理由は、本人たちこそ明言しなかったが、よく分かっていた。自分一人に集中しかねない暴力を逃がすためだ。SOS姉ちゃんの代わりを見つけたのは偉いが、事故を起こした車で一人でやってくるというのは、今までならあり得ないことだ。真壁は手錠を柱に繋ぐと、もう片方を吉田の手首に巻き付け、ランドクルーザーのドアを開けて中を覗き込んだ。後部座席にはクーラーボックスが置かれている。よじ登るように乗り込んで蓋を開くと、中にはリュックサックが入っていた。几帳面な川宮がまとめた誘拐セット。外ポケットのファスナーを開けてマカロフを取り出した真壁は、リュックサックを吉田へ向かって投げ捨てた。そして、マカロフからブリキ細工のような弾倉を引き抜くと、上着のポケットから取り出したミリタリーボール弾を一発ずつ装填していった。体重を掛けながら八発目を押し込んで本体に弾倉を挿し込むと、真壁は助手席に向けて、試しにまっすぐ構えた。その重みに満足して、先客のナイフが居座るダッシュボードに入れ、座席を前へずらせて調整すると、そのままランドクルーザーのエンジンをかけた。普段運転するハイゼットやEKワゴンと違って、何もかもが巨大だ。何度も切り返しながら外へ出している間、忙しなく動く手と裏腹に頭の中は澄んで、落ち着いてさえいた。連絡のつかない川宮が何を考えているにせよ、窯はフル稼働することになるだろう。そのためには、大量の薪が要る。真壁は、車庫から家に通じるドアに南京錠をかけると、車庫のシャッターも外から閉じて、同じように施錠した。これで吉田は、手錠が巻き付く柱を上手く外せたとしても、車庫からは出られない。真壁はランドクルーザーに飛び込むように乗ると、薪が置いてある小屋までの道を上り始めた。
     
   
 藤松が最初に感じたのは、部屋の中に入った瞬間の、異物を阻むような澱んだ空気だった。それは嫌な臭いではなかったが、一人の人間がずっとそこに座り続けることで作られる類のもので、四隅が見えないぐらいに散らかった部屋に説得力を添えていた。部屋を均等に照らすLEDの電球は場違いなぐらいに明るく、部屋の三分の一を占めるベッドは主の体からするとやや小さいぐらいで、半分垂れ下がった布団が座布団代わりになっているように、門林はその上へ腰を下ろしていた。大きく息を吸い込むことをできるだけ避けながら、隣に座る藤松は言った。
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ