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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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「あー、緊張した。誰も来ませんでしたよ。大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ、色々と。悠長にしている場合じゃなくなった」
 冬本は眉間を押さえながら言った。理緒から聞いた話を一通り聞かせ、同じように眉間を押さえる反応を期待して横顔を見たとき、田中は気合いを入れるように腕まくりをする振りをして、言った。
「人質救出っすね、それは。一番難しいやつかー」
 冬本のスマートフォンを手に取ると、田中は行ったことのないカフェを探すような目で、地図アプリを見つめた。
「山道折れた先は、家と小屋っすか。家の方が手前で南側、小屋までは上り坂になってますね」
 地形を読み取りながら、田中は言った。家は、居住部分と屋根付きの車庫、そして納屋のような石造りの小屋に分かれている。車庫は大きく、乗用車が三台入るぐらいの広さがあった。
「二階建てとしたら、南に窓作りますよね。下から車で上がったら、絶対にバレるか。あーでも、林の遊歩道から折れて中抜けたら、小屋よりも北側に出れそう。めっちゃ歩きになるけど、歩けます?」
 冬本は、早口で独り言のように話す田中に驚きながら、苦笑いを浮かべてうなずいた。
「一応、足は動かせるよ」
「ほな、近くまで移動しますか」
 田中はステップワゴンを発進させた。バイパスから高速道路に乗り、スピードが時速百キロに乗ったところで、冬本は言った。
「おれが歩くから、あんたは車にいてくれ」
「私、人とかフツーに殺せますけど」
 田中は長いまつげを追い払うように、大きく瞬きをした。冬本は顔をしかめたまま、首を横に振った。
「無理にやらなくていい。逃げる手段が要る」
「オッケー。ほな、車で待っときますね」
 田中はそう言って、運転に集中した。藤松を助ける、か。流れていく景色の一部になった照明柱の光が断続的に照らす車内で、田中は冬本が言ったことの揚げ足を取った。
「五人組の仕事の、顔合わせ。立駐で三人が待ってて、全員が自分を殺すつもり。そんな死刑執行会場みたいなお膳立てから生き延びるのって、ヤバくないですか?」
 田中の言葉に、冬本はうなずいた。蓮町が言ったのだろう。人に言わないと口がむずむずするのは、虚勢の中に罪悪感があるからだ。しかし、虚勢に一旦巻き込まれた側は、最悪命を落とす。生き延びたとしたら、自分の命があることに感謝するだけで終わらないのは当然だ。
「お冬さんも、その現場におった可能性あるんですよね?」
 田中が言い、冬本は回答を拒絶するように窓の外の景色を眺めていたが、ふと、どの道これが最後なのだからと考え直して、言った。
「いたと思うね。おそらく、弓削と返り討ちにしただろうな」
「で、私はお二人にボコボコにされてたと」
 田中が笑うと、冬本は同じように笑いながら首を横に振った。
「おれなら、蓮町が国外に出る前に殺す」
 田中は唇を結んだ。揚げ足は現実になりそうだ。冬本の『人質救出作戦』には、蓮町のことが全く含まれていない。冬本は引き金を引くまで明言するつもりはないだろうが、弓削と十年の付き合いなんだから、気持ちは分かる。自分がその立場に置かれたら、同じことを考えるだろう。だからこそ、目を瞑るしかないのかもしれない。
「着いたら、弓削さんとコンビで救出に動く感じですか?」
 田中が言うと、冬本は田中の横顔を見ながら言った。
「いや、弓削には言えないな。あいつは蓮町をどうやって殺すか、そのことしか考えてない。人質を助けるとか、そんな器用なことをできる奴じゃないんだ。上手くいく可能性もあるが、運任せになってしまう」
 冬本が自分に言い聞かせるように言い終えると、田中は追い越し車線に入ってアクセルを踏み込み、大型トラックを追い越してから言った。
「理緒さんと約束しました?」
「まあ、一応な。あの先生は何か特別なんだ。なあ、田中さん……」
 冬本が呼びかけると、田中は首を小さく横に振りながら笑った。
「アリサな」
「アリサ、意見を聞かせてくれ」
 冬本が言うと、田中はいつもの軽い口調を封じて、走行車線に戻りながら言った。
「先のことは、正直分からんと思います。今もし、逆走車が猛スピードで走ってきて避けられんかったら、うちらが話してることは、何の意味もなくなる。ほんまにそれぐらいの些細なことで、人は死にますから。弓削さんがどう動くかなんて、誰にも分かりませんし。不謹慎ですけど、もしかしたらその藤松先生も、もう死んでるかも」
「そうだな」
 冬本が相槌を打つと、田中はハンドルに置いた左手の人差し指をぴんと立てた。
「でも、絶対に変わらんことはあるでしょう?」
 冬本はうなずいた。少なくとも、誘拐の実行犯は全員殺す。田中は答えを張りつめた空気から読み取ったように、口角を上げた。
「私は、全部のガラスが粉々になっても待ってるんで、安心してください」
「助かるよ」
 冬本はそう言うと、ベルトに挟み込んだオフィサーズのスライドに一度触れた。
   
   
 テレビで天気予報を見ながら袋麺を食べていた真壁は、ヘッドライトの光が鏡に反射したことに気づいて、振り返った。いつも通りの、少し黄味がかったハロゲンランプの色。吉田から『今日持って行きます』と連絡が来たのは、三十分前のことだった。台所の窓から顔を出すと、ランドクルーザーが車体を揺らせながら坂道を登って来るのが見えて、ちょうど家の前を通り過ぎたところで玄関から表に出ると、真壁は車庫のシャッターを開けた。いつも通りの動きでランドクルーザーがバックで入っていったとき、そのフロントが歪んでいることに気づいて、言った。
「ちょー。なんやねんこれ」
 運転席から降りた吉田は、肩をすくめた。隣に停まるEKワゴンと比べると、まるで廃車だ。
「自爆しました」
「お前が爆発したんやったら、まだええけどや。車がえらいことなっとるがな」
 真壁は言いながら、グリルに残るダークグレーの塗料片を爪でこすった。
「これ、相手おるんか?」
「います」
 吉田が冷静な口調のまま言うと、真壁は目を激しく瞬きさせながら、言った。
「お前、なんかアホになった? メッキ剥がれただけ?」
「ナンバーは替えてきました」
 吉田の言葉に、真壁は大げさに拍手をすると、言った。
「よおくできましたあーって、当たり前じゃ。相手はどないなってん?」
「気絶してました。側面で一瞬やったんで、大丈夫かと」
 吉田の淡々とした口調に相槌が思いつかないまま、後部座席に乗っている藤松に気づいた真壁は、話題を切り替えて言った。
「SOS姉ちゃんの代わりか? めっちゃ普通に乗ってらっしゃるけど」
「はい、知り合いなんで。誘拐とは、またちゃうかもしれません。名前は、藤松です」
 吉田が言い終えるのと同時に、真壁はいつもの笑顔を作って後部座席のドアを開けた。この藤松という女は、今までに見たことがないような理知的な顔立ちをしている。
「こんばんはです。藤松さんな、おれは真壁」
 お決まりの挨拶をすると、藤松は疲れ切った顔で小さく頭を下げた。
「こんばんは」
「まー、緊張せんと。ちょっと上がっていきや」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ