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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 冬本は六発を全て弾倉に装填すると、オフィサーズに挿し込んで立ち上がった。家の中を歩き回るときに持っていくのは、銃身の短いM870散弾銃。外から誰かが見ていたとしても、長い筒状の銃を持ってうろうろしている男を見たら、考え直してくれる可能性が高い。スリングを肩に通して、その上から上着を羽織うことで、頭は自然と切り替わった。落ち着かないときは、仕事をすればいい。今は深夜一時。弓削と入れ違いで再度、施錠のチェックをする。
 十年間、家の中で銃を撃つ羽目になったことはない。一帯が高級住宅地でゲートの中にあるのだから、そもそも護衛は四人も必要ない。蓮町はリスクを冒せない性格で、豪胆に振舞う反面、実際には小心者だ。三歳しか離れていないから、その所作は自分の未来とも無関係ではない。目の前の人間を押しのけ続けて築いた人生である以上、自分の背後に、一時的に押しのけられた人間が積み重なっていくのは避けられない。そんな人間がどのような目をしているかは、わざわざ振り返って確認したくないものだ。だからこそ、歩くスピードも緩められない。そうやっていつの間にか、少しずつ狭くなっていく道と、歩いてきた道の板挟みになる。
 冬本が、ピアノの部屋に鍵がかかっていることを確認したとき、後ろから声がかかった。
「お冬さん」
 寝間着姿の理緒は、冬本が振り返ったときの表情を見て、呆れたように笑った。
「何か、いましたか?」
「いいえ」
 冬本が短く答えて前に向き直ると、巡回の補助をするように理緒は隣を歩き始めた。銃口が理緒に被らないよう、冬本がM870の位置を少し下げたところで、理緒は言った。
「いつも、この時間にチェックしてます?」
「弓削が一周していますが、今日は私も回ろうかと。何かあるとしたら、日付が変わってからです」
 そう言って、冬本が怖がらせるように眉を曲げると、理緒は反対に笑い始めた。
「また、そんな怖がらせようとして。私は高校生ですよ」
 冬本は納得したように肩をすくめると、岩石のような顔を前に向けたまま歩き続けた。
 理緒は、その横顔を見上げながら持論を頭に思い浮かべた。護衛というのは、絶対に止まらない時計や、絶対に壊れない車のように矛盾した存在だと。完璧というのは存在しない。それは母が事故で命を落としたときに、はっきりと理解した。護衛二人が前に乗っていて、母は後部座席。当たり前の位置に、しかるべき人間が配置されていた。信号は青で、何一つとして落ち度はなかった。ただ、居眠りをしたダンプカーが信号無視をして、真横から母の乗る後部座席へ激突しただけだ。
 今は、そのときに自分が感じた無力感を、はっきりと理解できている。壊れるものは壊れるし、死ぬものは死ぬ。その諦めに近い感情を少しだけ傾けたのが、小学校に上がったばかりの自分に自己紹介した、冬本と弓削だった。特に冬本はその全身に冷気のようなオーラが見えて、不死身のようにすら思えた。学校までの送迎で安全を確認するときの目線や、あまり会話に参加してくれないストイックさも含めて、全てがルール通り。こうやって一緒に巡回するのも、そうしていれば不死身のお裾分けが貰えるから。
 もちろん、どこかに居座る諦めの感情は消えることはない。でも、即効性の薬のように痛みが和らぐのは、ありがたい。
「父と話しました?」
 理緒が訊くと、冬本はキッチンの電気が全て消えていることを確認しながら、うなずいた。
「ええ、先ほど」
「何と言ってましたか?」
「今後の話を少々」
「お砂糖の分量みたいに言わないでください。来てくれますよね?」
「はい。ただ、身辺整理に一週間ほど頂戴しました」
 冬本の言葉に安心して、理緒は止めていた息を全て吐きだした。父に『一人連れてく』と言われたのが一昨日の話。『お冬さん』と即答したが、生身の人間をぬいぐるみのように連れてはいけない。でも、たった一週間で引っ越せるなら、ぬいぐるみのようなものかもしれない。
「急にすみません。お冬さんって、若い頃は日本にいたんですよね?」
「二十歳までは、日本に住んでいました」
 冬本の声は低く、その事実を取り消したいような固い殻に覆われていた。理緒はそれ以上の会話を諦めて、冬本の背中を押した。
「お茶を飲んだら寝ます。おやすみなさい」
 その背中はいつもと違って、理緒の手に応じて動くことはなかった。理緒がキッチンの電気を点けるよりも早く、冬本は開けた側へ一歩を踏み出して、理緒が冷蔵庫からお茶を出す間、壁のように立ちはだかった。グラスを出して、ピッチャーからお茶を注いでいる間、理緒は冬本の背中を何度か見て、横へ数歩、そろそろと動いた。冬本は何も言うことなく立ち位置を変え、そこで動く壁となった。お茶を入れ終えた理緒が反対側に飛びのくようにさっと移動すると、冬本は同じ機敏さどころか少しだけ動きを先読みして、壁の役割を果たし続けた。
「もうちょっと、やっていいですか」
 理緒は返事を待たずに体を低く下げると、冬本より前へ出ようと駆け出したが、一度違う方向へ踏み出してわざと足音を出したにも関わらず、背中で封じられた。
「やっぱ勝てないな……」
 理緒は肩をすくめると、グラスを手に取ってお茶を一口飲んだ。迷惑だと分かっていても、冬本の背中を見ているとついやってしまう。弓削も同じように背中を向けて立つが、試そうとは思わない。おそらく前へ出てしまってから、『理緒さん、私より前に出ないでください』と言われるだけだ。去年、学校で話題になっている屋台に行ったとき。お冬さんは休暇を取っていたから、弓削についてきてもらった。帰り道、食べ物を狙うカラスが頭上すれすれを掠めて失敗し、ぐるりと周回して戻ってきたとき、弓削は信じられない早さで手を振り上げるとカラスの羽根を掴んで捕まえ、頭から地面に叩きつけた。そのまま殺すのだろうと思っていたら、片方の羽根だけをめちゃくちゃに折ってから解放し、言った。
『こうなるってことを、仲間に伝えてもらわないといけませんから』
 弓削は外見が最高に甘いだけで、基本的に怖い人間だ。それは理解している。
「弓削さんと、長かったですよね」
 理緒はそう言って、思わず口元を押さえた。これにて『フユゲ』は、コンビ解消なのだ。意図せず飛び出した過去形は、失礼だっただろうか。冬本は窓の外に目を配りながら、うなずいた。お茶が半分ほど残ったグラスを持ったまま、理緒は続けた。
「キッチンから出まーす」
 冬本は振り返り、理緒に合わせて廊下に出ると、キッチンの電気を消した。階段の手前で足を止めると、理緒は言った。
「日本の高校って、どんな感じなんですか?」
「色んな人間がいます。ここの学校よりは、生徒の境遇は様々かと」
「へー。色々教えてくださいね。おやすみなさい」
 理緒が階段を上がっていくのを見送り、冬本はM870の銃口を少しだけ持ち上げた。
 高校がどういうところかは、実は知らない。
     

 急ブレーキを踏んだとき、ABSが効いてペダルが嫌がるように跳ね返ってくるのが足に伝わり、藤松里美は思わず叫んだ。
「いやいやいや、ええーっ?」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ