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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 冬本と弓削が十年前に雇われることになったきっかけは、理緒の母、つまり蓮町の妻の事故死だった。横っ腹を貫かれるように折られたエクストレイルは、子供が乱暴に投げつけた粘土のようにねじ曲がっていて、当時の護衛二人が責任を問われた。蓮町の腹いせを人体にぶつける代行者として選ばれた冬本と弓削は、日本人には珍しく、拷問と殺人を専門としていた。元の護衛二人がドラム缶サイズに折りたたまれた後、蓮町は新たに二人を雇うか、そのまま冬本と弓削を護衛とするか五分ほど迷い、後者を選んだ。結果的に冬本と弓削は、外向きの荒事もこなせる護衛という稀有な存在となった。
「本丸がまだっす。冬さーん」
 弓削が目の前で手をひらひらと振り、冬本は金庫係の男に視線を落とした。蓮町の貯金箱を五年ほどやってきた男で、表の顔は銀行員。弓削は金庫係の腕時計を外し、財布を空っぽにした。くしゃくしゃの中身をポケットにしまうと、冬本が差し出した手にベレッタM84を手渡した。冬本は、銃口を金庫係の頭に向けて引き金を引いた。その町で最も起きやすい犯罪の手口を使う。ここなら強盗だ。
 立つ鳥跡を濁さず。厄介な接点は消せ。蓮町はそう言ったのだ。この店仕舞いの報酬を山分けするだけで、一年は食うに困らない。冬本がベレッタを返すと、弓削は薬室から弾を抜きながら言った。
「おセンチなんすか?」
「お前の心配をしてるんだよ」
 そう言うと、冬本は階段を上がり、マーチの運転席に乗り込んだ。助手席に乗り込んだ弓削は、エアコンの風を自分に向けながら笑った。
「お嬢と仲良かったから、心配なのかと」 
「まあ、それはあるな」
 蓮町が日本に戻る決心をしたのは、世界情勢が不安定になって、今まで目を瞑っていた法律が一斉に目を開く可能性が高いということと、もう一つ。去年から金庫係が警察に目をつけられ、昔のように身動きが取れなくなっていたからだ。冬本が裏道に入ってアクセルを踏み込むと、弓削はドアグリップを持って姿勢を正しながら言った。
「いやー、十年経ったんすね」
「次はどうするんだ?」
 冬本が言うと、弓削は頭の片隅に引っかかっていた記憶を引っ張り出すように、顔をしかめた。
「親分の紹介で、五人組の仕事に返事しようかと思ってました。冬さんが来てくれるなら、オッケーしちゃいますけど」
「殺しか?」
「いや、強盗っすねー。まあ、まだ返事しなくていいんで。もし興味があれば」
 弓削の言葉に、冬本は同じように顔をしかめた。ここ十年が異常だっただけで、この稼業は基本的に浮き草だ。いい働き口でも二年か三年が限度で、この手の依頼主は同じ顔が定着することを嫌がる。
「おれが行かないって言ったら、お前は断るのか?」
「まあ、一応」
「必ず二人で行動する必要はないんだぞ」
 冬本はそう言うと、アクセルを緩めた。今から十五年前。弓削は十七歳で、冬本は二十七歳。すでに海外に拠点を置いていて、知り合ったのは宝石強盗の仕事だった。冬本が囮として車で逃走する間、実際に盗んだ宝石を弓削がバイクで運ぶことになっており、仕事は手際よく進んだ。弓削は最小限のライトだけで山越えし、集合地点に来たときも冷静そのものだった。問題は、雇い主が支払い義務を放り出して銃を抜いたことだった。冬本が即座に反応して返り討ちにする間、弓削は驚いて転倒させたバイクの下敷きになっていただけで、何もできなかった。冬本は当時のことを思い出しながら、顔に出さないように笑った。弓削はすぐに、一人前と呼ぶにふさわしい技術を学んだ。今は逆に、こちらが手を引いて起こしてもらいたいぐらいだ。
 蓮町家に戻ってマーチを車庫へ入れ、蓮町からの言いつけを思い出した冬本は中へ入ったが、弓削は顔に返り血が飛んでいないか鏡で確認してから、パドルホルスターごとHK45Cを腰に差して、外周の巡回を始めた。その後ろ姿を見送りながら、冬本は小さく息をついた。何かを壊したり痛めつけることが生きがいの男だが、割り振られた仕事に関しては生真面目なのが救い。しかし自分がブレーキの役割を果たさなければ、弓削は間違いなく『楽しみ』の方を選ぶ。書斎から顔を出した蓮町が手招きし、冬本は早足で向かった。テーブルを挟んで向かい合わせに座るなり、蓮町は言った。
「どうなった?」
「完了しました。強盗の線で捜査されるでしょう」
 蓮町は満足そうにうなずき、冬本の顔つきを点検するように、鋭い目線を向けた。充分に冬本の注意を引いたところで、言った。
「お前も日本に来い」
「日本ですか?」
「そうだ。一人は護衛が要る。理緒はお前を選んだ。おれも同意見だ。合流場所は、おれがまた連絡する」
「弓削はどうするんです?」
「一人だと言ったろ」
 そう言うと、蓮町は片目を閉じた。昔からウィンクが下手で、顔の全ての筋肉を目元に集中させることでようやく形になる。その出来損ないのウィンクが意味するところは分からなかったが、冬本は聞いたこと全てに同意したようにうなずいて、言った。
「私自身の店仕舞いもありますんで、一週間ほどいただけないですか」
「いいよ」
 蓮町は子供のように即答すると、テーブルの脇に置かれた本を広げた。会話終了の合図。冬本は一礼して書斎から出ると、車庫までの砂利道を歩いた。巡回を終えた弓削が、マーチの隣に停めたライトエースの前に立っていて、戻ってきた冬本に困惑したような表情を浮かべると、言った。
「忘れ物っすか」
 冬本はうなずくと、マーチのダッシュボードからコルトオフィサーズを取り出して、言った。
「整備だ」
 私物を送る方法を決めておかなければならない。冬本はオフィサーズをベルトに挟んで家の中へ戻った。豪邸の一階に用意された仮眠用の部屋は護衛用にしては広く、客人のような扱いを受けている。冬本は部屋へ入って上着を掛けると、作業机の前に腰かけ、オフィサーズを置いた。弾倉を取り出して五発の四五口径を一発ずつ抜き取ると、薬室から一発を抜いて、六発とも並べて立てた。特に意味はないが、ただ習慣としてずっと続けてきたことを、同じ所作で繰り返すだけのことだ。新たな気づきを得るような段階はすでに通り過ぎて、外から戻ったときのうがいと同じ。そして、健康と同様に、道具の点検は重要だ。特に、環境が大きく変わったり、何かが起きそうなときは。ここ最近は撃つ機会もなかったから、内部はソルベントの蓋を開くほど汚れてもいない。これから別の道を歩むとして、弓削にアドバイスをするなら、それは『道具を大事にしろ』という一言に尽きる。私物のグロック36は特に、あちこち傷だらけで整備もされていない。頭にはっきり浮かんだ別の道というフレーズに、冬本は弾倉へ一発ずつ装填する手を止めた。もし自分にアドバイスをするなら、『物の捨て方を覚えろ』と言うだろう。行動に移せた試しは、今のところない。
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ