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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 理緒の言葉に、冬本は完全に腰を下ろした。床へ直に座ることなど、クライアントの家ではあり得ないことだったが、到底考えもしなかったことが起きている。聞き覚えのある車種と色。GS350の運転席に激突した車だ。弓削が作った、即席の仲間。
「場所は分かりますか? その手のことは、私に任せてください」
 理緒はスマートフォンのロックを解除し、地図アプリの画面を開いた。
「この山道で、行き止まりの方へ折れたみたいです」
「ありがとうございます」
 そう言うと、冬本は自分のスマートフォンに座標を登録した。理緒は、冬本の服の袖を引っ張り、言った。
「お冬さん。拳銃は私が持っています。でも返したら……、使いますか?」
「今回は、その誘拐犯と対峙するのに必要ですが、結果的には、理緒さんを守ることになります」
 冬本が言うと、理緒は手を離して、目を逸らせた。
「守るって言いますけど。銃口の反対側には、必ずその弾で撃たれて死ぬ人がいますよね」
「必ずとは言いませんが、その可能性はあります」
 冬本が辛抱強く質問に付き合っていると、理緒は目を見返した。
「死んでほしくないんです」
「相手にですか?」
 冬本が顔をしかめると、理緒は首を強く横に振った。
「違います、お冬さんに死んでほしくないんです」
「その点は、安心してください。ただ、銃を使ってしまうと、しばらくはまた海外に出ることになるかもしれません」
 冬本が言うと、理緒はどう転んでも辿り着く悲しい結末に道を塞がれたように、目に涙を浮かべた。
「分かりました。でもお願いだから、生きていることだけでも、教えてください。いや、もうここにいたらいいじゃないですか……。今日あったことを、聞いてくださいよ」
「そうしたいのですが。教師というのは、社会的な地位のある人間です。誘拐だとして、それを白昼堂々やってのけるのは、かなり危険な相手ですよ。次に理緒さんが狙われる可能性もあります」
 冬本が言うと、理緒は呆れたように苦笑いを浮かべた。
「結局、すり抜けられなかったな……。どうして分かったんですか?」
 背中を見せているのに何故か全てお見通しで、前へ出ようとしても、ことごとく防がれた。理緒は自分の言葉がすでに過去形になっていることに気づき、目を伏せた。冬本は向かい合わせに座ったまま、言った。
「十年間、理緒さんの演奏を聴いてきました。いつもと違うことぐらい、分かります」
「大人は嘘が上手いな……。子供扱いしないでくださいよ」
 理緒は冬本の言葉を跳ね返すように、顔をしかめた。冬本が言い返せずに黙っていると、理緒はスマートフォンを操作してピアノの演奏を止めた。いよいよ味方がいなくなったように感じて、冬本は居住まいを正した。理緒も同じように姿勢を正すと、冬本の目を見て言った。
「演奏中に後ろを見ていて欲しいって言ってたのは、理由があるんです。私、家にいる大人が裏で何をしているか知ってから、自分が殺される夢ばかり見るようになってて。もう何年も前だけど、お冬さんは、何かを見ているってことは、他の全てを見落としているのと同じだって、弓削さんにアドバイスしていましたよね」
 理緒は昨日のことのように、すらすらと語った。冬本がうなずいて理解を示すと、理緒は自分の番が終わっていないことに安心したように、小さく息をついてから続けた。
「その通りだなって、すごく感動したんですけど。副作用で楽譜に集中できなくなってしまって。それから、お冬さんに見ていてもらうようになったんです」
 弓削との間では日常の言葉でも、それは特殊な世界でのみ通用する言葉で、普通の人間にとっては凶器となる。冬本は言った。
「不用意な発言で怖がらせてしまって、すみませんでした」
「前の家のピアノも、自動演奏ができたんですよ。知ってましたか?」
 理緒はそう言うと、笑った。送り出す前に、預けておきたいものを全て持たせようとするように、その目は揺らがなかった。冬本がその意味を理解したことを表情だけで悟った理緒は、続けた。
「自分で演奏していたことの方が多かったけど、それでも私は結構、自動演奏にしてお冬さんの背中を見ていました。絶対サボったり、コーヒー飲んだりしてるって思ってたんです。でもお冬さんは本当に、岩みたいに動かなかった」
 冬本は改めて、自分の役割と価値がどこにあるのかということを、思い出した。それは、理緒が前に出ようとしたら、先に危険でないことを確認するまで必ず壁となることだ。しかし、物理的にそうできても精神的な抜け穴はあちこちにあって、それは確実に理緒を傷つけていた。
「椅子から立ち上がったときの足音と、空気の揺れです。それで、気づきました」
 冬本が種明かしのように呟くと、理緒はようやく納得したようにうなずいた。お冬さんは、どんな手段を使っても、必ず手がかりを見つけて解決する。頭がそれを真似るように、ランドクルーザーを見つけてくれた増山に送るメッセージの内容を考え始めたとき、それを超能力のように読み取った冬本が言った。
「増山さんは、警察に通報したのですか? 事件性を証明できないと、無駄足になります」
「ちょっと待つように、言ってます。先生にメッセージを一件だけ送ったけど、既読にならないみたいです」
 理緒が言うと、冬本は壁にかかる時計を見上げた。午後五時半。営利目的の誘拐でないとしたら、あまり時間はない。
「日付が変わるまで、通報を待たせることはできますか?」
 冬本が言うと、理緒はそれが望んでいた答えだったように、頬を緩ませた。
「はい。はるかを止めてよかった。お冬さんも、警察に通報しようとは言わないんですね」
「余計な騒ぎを招くだけかと。それに、蓮町家にとって警察の介入は、あまり望ましくないでしょう」
 冬本の言葉に、理緒は口角を上げて微笑むと、浅くうなずいた。逆らったらただでは済まない『鉄くず屋』。それが蓮町家のルーツで、この家に生まれた以上は、そのルールの中で考える必要がある。
「お冬さん、今まで私を守ってくれて、ありがとうございました」
 理緒はそう言うと、ピアノの後ろに隠した鞄を引き寄せて、中からコルトオフィサーズと弾倉を取り出した。冬本はポケットに弾倉二本を入れて、オフィサーズを手に取ったとき、フレームに沿うように透明なシールが並べて貼られていることに気づいた。冬本と目が合った理緒は、舌を出した。
「あまりに殺風景なので、ちょっと可愛くしました」
 ブルーとピンクの小さなラインストーンステッカーで彩られたオフィサーズをベルトに挟むと、冬本は言った。
「では、行ってきます。できれば今晩は、パニックルームにいてください」
 理緒が言われた通りに部屋へ入っていくのを見届けた冬本は、外に出ると、早足で歩き始めた。
 大変なことになった。大抵の殺しは、一度始まれば全員が死ぬまで止まらない。そのルールに則って、弓削の仲間を皆殺しにするつもりだった。しかし、理緒の話を聞く限り、同じ場所にいるに違いない藤松里美だけを、助けなければならない。それは至難の業だ。
 完全に日が落ちた町を歩き、高架下で待つステップワゴンの助手席に乗り込むと、運転席でバックミラーを見ていた田中が緊張を解かれたように息を吐きだした。
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ