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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 通話が始まり、雑音が引いていった後で、冬本は言った。
「聞いてる奴、返事しろ」
 相手が弓削なら、声で分かるはずだ。冬本が辛抱強く返事を待っていると、電話が誰かに手渡されるときの微かな雑音が入った。
「お久しぶりっす」
 弓削。どうしようもない奴だ。冬本は考えていた文句や罵倒を一旦忘れて、言った。
「そうでもないだろ。大変だったな」
「まあ、色々ありましたね」
 弓削はそう言ったが、その声色は誘拐犯とは思えないぐらいに、力を見失っていた。冬本は言った。
「どうして、ワンを殺した?」
「まあ、色々ありまして」
 いつも通りの飄々とした口調で、弓削は言った。まだ一週間前のことなのに、その声にはすでに懐かしさがあった。
「最初に出た奴は、仲間か?」
「そうっすね」
 その口調の中途半端さから、冬本は理解した。夕焼けがいよいよビルの影に落ちつつあって、逆光で赤く照らされる道路の白線を見ていると、特によく分かる気がする。弓削は、プライバシーが欲しいのだろう。
「お前が、仲間を見つけるとはな」
「それ、親分にも言われましたよ。そんなにワンマンっすか自分」
 弓削が笑い、その声の響き方で車の中にいることを理解した冬本は、言った。
「近くに親分はいるのか? 代わらなくていいぞ。はい、いいえで頼む」
「はい」
 弓削は指示通りに答えると、会話を締めくくるように続けた。
「話せてよかったっす」
「おれは、もしお前の話に乗っていたら、一緒に殺されているはずだったんだな?」
 冬本が言うと、弓削はしばらく間を空けてから、答えた。
「いや、二人で生き延びてたでしょーね。今ごろ親分も、この世にいませんよ」
「そうだな。おれが警察を頼らないってことは、お前なら分かるな?」
「はい」
 弓削の答え方から、会話が第三者から隠されたことを確認した冬本は、言った。
「おれも、蓮町の顔を見て言いたいことがある。だから、おれ抜きで痛めつけるなよ」
「はい」
 冬本は、会話が終わりつつあることを悟り、蓮町家に向けて再び歩き始めた。
「即席の仲間はどうするんだ? これが終わったら、墓場行きか?」
「それは、もちろんそうなりますね」
「じゃあ、この電話は生かしといてくれ。電源を切るなよ」
 そう言って、冬本は通話を切った。弓削は相変わらずで、十年間一緒に仕事をしてきた積み重ねは、確かにあった。それは単なる信頼といったような言葉ではなく、自分の体の一部を預けているような感覚だ。拷問と殺人を専門にしてきた、モラルの欠片もない日本人二人組。熊のような見た目の大男は、嫌々仕事としてやっているが、若い男前の方は、楽しんでいる。
 蓮町家に辿り着き、冬本はスマートフォンで理緒にメッセージを送った。
『到着しました。遅くなってしまってすみません』
 パニックルームが開き、中から出てきた理緒は笑顔で言った。
「お冬さん、おかえりなさい」
「申し訳ないです、ちょっと事情がありまして」
 冬本が小さく頭を下げると、理緒は首を横に振りながら笑った。
「家の中で誘拐された気分でしたよ。その分、私の言うことを聞いてくれますか?」
「ええ、できるだけ期待に添いますよ」
 冬本が言うと、理緒はピアノの部屋に視線を向けた。
「こっち来てから、全然時間がなかったけど。聴いてくれますか?」
 先週までは恒例だった、『お嬢の演奏会』。冬本はうなずくと、理緒の後をついてピアノの部屋に入った。前の家と同じ立ち位置を探っていると、理緒は笑った。
「いつも通りでいいんですよ」
 冬本は部屋を改めて見回した。入口が数か所ある。理緒はピアノの前に腰かけると、楽譜を開いた。冬本はいつも通り、理緒に背を向ける形でドアの方を向いたが、演奏は始まらなかった。
「どうして、私をパニックルームに入れたんですか?」
 理緒が言い、冬本は咳ばらいをしてから答えた。
「お父さんが拠点を回り始めて、数日が経ちました。その中で、怪しい動きがあったんです」
「もう、解決しましたか?」
「はい、一旦は安心して大丈夫かと思います」
 冬本がそう言ったとき、ピアノの音色が部屋を満たした。月光の第一楽章は、理緒が一番好きな曲だ。その緩やかな旋律で全てが誤魔化されるのは、正直有り難かった。このまま質問が続けば、すぐにどう答えていいか分からなくなる瞬間が来る。自分の父親が元部下に誘拐されているなんてことは、今すぐに知らなくてもいい。実際、今までと何も関係性が変わっていないように、当の誘拐犯と会話できるのだから。自分がどっち側の人間なのかも、正直曖昧だ。それに、誰が何をしようとしているかなんて、そのときが来ないと分からないものだ。
 ピアノの音に一瞬だけ混ざった足音を聞き取って、冬本は振り返った。いつの間にか立ち上がっていた理緒が肩をすくめて後ずさり、自動演奏でひとりでに動く鍵盤を見て、冬本は言った。
「理緒さん」
 名前を呼んだだけで、理緒の表情は険しく変化した。心のシャッターを閉める直前で足を差し込まれたような、悔しさに満ちた表情。冬本は右手を差し出すと、続けた。
「私の拳銃を、返してもらえませんか」
 冬本は、確信が全くないまま言った。理緒は、嘘がつけるようにはできていない。その一点だけを頼りに放った言葉だったが、理緒は目を逸らせると、いたずらが見つかった子供のように手を後ろで組んだ。
「拳銃って?」
「私の四五口径です。今も、金庫にありますか?」
「ないんですか? どうして、私が持ってることになるんですか」
 理緒は、嘘だけでなく言い訳も下手だ。そして、その正直さこそが、この人だけはどうにかして守らなければならないという、十年間続いた仕事の原動力になっていた。冬本は言った。
「私と父上以外で番号を知っているのは、理緒さんだけです」
「絶対に必要なとき以外は、開けないですよね。今、必要なんですか?」
 ピアノで先延ばしにされたはずの質問責めが、始まろうとしている。冬本が次に言う言葉を考え始めたとき、理緒は手綱を緩めるように、小さく息をついた。
「私も、必要なんです」
 言葉に出したとき、自分で閉めた心のシャッターに手を挟まれたように、理緒は細い指を固く閉じた。冬本は言った。
「理緒さん。銃が必要なときは、銃ではなくて私を呼んでください」
「藤松先生が、誘拐されたかもしれないんです」
 理緒はそう言うと、言葉に出した衝撃を受け止めきれないように、両手で顔を覆った。冬本は傍に駆け寄ると、言った。
「担任の先生ですか? いつ?」
「お冬さんが私を迎えに来て、その後です。三時ぐらい。はるかが、車に乗るところを見たらしくて」
 理緒はそう言うと、その場に座り込んだ。冬本は同じ目線で屈みこむと、言った。
「何らかの要求は、犯人から出されているのですか?」
「分からないです。はるかが友達に聞いて回ってくれて、車を見つけたみたいなんです。それをさっき聞いたので、一緒に助けに行こうと思ってました」
 理緒が言い、冬本はその場にへたり込む寸前で、どうにか体勢を立て直した。あまりに、無謀すぎる。
「車というのは? 私が探してきます」
「ベージュのランドクルーザーです」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ