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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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「十年は、一区切りなんすよ」
 弓削は、待避所に停められたキャラバンの荷室に腰掛けて、ドアの内張りにもたれかかったまま呟いた。
「お嬢は、今ごろ大騒ぎっすかね」
 意識を取り戻した蓮町は、自分の娘の呼び名に気分を害したように、顔をしかめた。両手両足を縛られていて身動きが取れない上に、小柄な男が運転席から首を伸ばして、会話に聞き耳を立てている。
「おれは二日間空けることになってるから、理緒は何も知らないよ。それにしても、お前が仲間を使って仕事をするとはな」
「あんたが、十年仕えた人間をサクッと厄介払いするとはね」
 弓削はそう言うと、両手の指をぽきぽきと鳴らした。いざ目の前にすると、何からやっていいか迷う。やりたいことは山ほど思いつくが、相手の命は一つしかないのだ。そして、時間も限られている。
「フリーに戻って、どうなると思ってた。お前の考えは?」
 蓮町が言うと、弓削はその目をじっと見返した。
「また冬さんと、コンビで動こうと思ってましたよ。いや、マジで。しらばっくれんのもいい加減にしろよな。五人組の仕事で、あの屋上には三人しかいなかった。おれが四人目で、冬さんが五人目ってことだ。あんたは、元々はおれたち両方を消すつもりだったんだろ? それを冬さんが知ったら、どうなると思う?」
 蓮町は手足の自由が利かない状態でありながら、口角を上げて笑った。
「仮定の話を気にするような奴を、十年も雇わない。家の事情を知る人間が、一人必要だった。それだけだよ。冬本が断ったら、お前を雇ってた」
 弓削は、聞き耳を立てている川宮の方を見て、目で制しようとしたが、暗すぎてその顔はよく見えなかった。まあ、聞かれても構わない。どの道、最後には全員殺すのだから。弓削は小さく息をつくと、言った。
「答えになってねーな。口封じに冬さんも殺してたか?」
「当たり前だ」
 蓮町は即答し、川宮にも聞こえるように声の音量を上げた。 
「おれも含めて、こういう世界の人間ってのは、ただの資産なんだよ。人間の格好をしてるが、全員に役割があって、それを果たしている間だけ存在を許されるんだ。お前は、そんなこと昔から分かってると思ってたんだけどな」
「お嬢は別だろ? あの子には何の役割があるんだよ?」   
 弓削が言うと、蓮町は笑った。子供の話題になったことを悟ったように車内の空気が冷え込み、川宮が咳ばらいをしながら前へ向き直った。蓮町は声を落として、言った。
「理緒か? 子供は何も知らない」
 弓削は笑った。何も知らないのはあんただ。事業に必死な間、一人ぼっちのお嬢に誰が何を教えてきたと思っているのだろう。
「馬鹿かあんたは、お嬢は色々知ってるぜ。おれが銃の使い方を教えたし、仕事の話はなんでも聞きたがったからな。殺しの話はするなって、冬さんによく怒られたよ」
 蓮町が歯を食いしばったことに気づいて、弓削は確信した。広大な家に、高級車、専属の運転手に事業。ありとあらゆるものを手に入れたようでいて、本来守るべき家族はガタガタだ。とどめを刺すように、弓削は続けた。
「いつだったかな。お嬢は、銃で私たちを守ってるんですよねって、おれに聞いてきた。だから、百点満点の答えを教えた。守るって部分は間違ってねーけど、その過程で銃口の反対側にいる人間が、必ず死んでるって」
 川宮がスマートフォンを取り出して、画面に青白く顔を照らされながら言った。
「おれらもぼちぼち、動こか」
    
    
 日が暮れ始めている。吉田はランドクルーザーを四速で走らせながら、バックミラー越しに藤松の顔を見た。こんなに冷静だと、自分でも誘拐しているように思えない。
「前方不注意」
 吉田が言うと、藤松の目がバックミラーに向いた。
「そうですね。あのとき、私が警察を呼ぶって譲らんかったら、どうしてました?」
「それは、考えてなかった。そっちが当たってきたんやから」
 そう言って笑い、信号待ちで減速しながら吉田は思った。藤松は、自分が記憶している『教師像』のどれとも違う。教師というのは、感情もなく羊を追い込む牧羊犬のような存在だと思っていたが、藤松の目の中には、自分が関わった生徒全ての記憶が刻まれているような、強い光が宿っていた。
「見逃してもらえるってなったら、私は必ず引くって思いましたか?」
 バックミラーを見つめたまま、藤松は言った。
「実際、引いたやろ」
 吉田が言ったとき、藤松は自分に呆れたように笑った。
「そうですね。でも、事故を起こしたんやから、通報しとけばよかった。普段なら、絶対してましたね」
「なんで、せんかったん?」
 吉田が言うと、藤松はバックミラーから目を逸らせた。
「プライバシーです、それは」
「あーそう。まあ、生きてたら色々あるわな。ああ、大事なことを忘れとった。着いても自己紹介は名前ぐらいにしといてや」
 藤松がバックミラー越しにうなずいたことを確認したとき、信号が青に変わった。吉田がランドクルーザーを発進させたとき、二人乗りの原付が左側をすり抜けていき、車列の先頭に割り込んだ。吉田は思わずアクセルを離し、助手席に不安定な形で寝かせた散弾銃が毛布ごと揺れた。原付の後ろに座るパンダのように真っ黒な化粧をした女が振り返り、眠そうな目で右手に持ったスマートフォンを見つめると、関心を失ったように前へ向き直った。藤松は、原付の運転手が三年二組の鶴田凛久であることに気づき、首をすくめた。原付がコンビニへ入っていき、吉田は邪魔者が消えたように舌打ちをすると、アクセルを踏み込んだ。
「ジャリが。ちょろちょろ邪魔やねん」
 それからしばらく走っている間、藤松は何度か双見高校の生徒を見かけて、目こそ合わなかったが、その度に首をすくめた。こんなにあちこちで出くわすなんて、普段ならあまりないことだ。
   
   
「ここで待っててくれ」
 冬本が街灯の届かない高架下を指差し、田中はステップワゴンを側道に寄せながら言った。
「くるくるせんでもオッケー?」
「大丈夫だ。親父が誘拐されたってことを、理緒さんに知られたくないんだ」
 田中はバイパスの照明柱が一斉に点灯したのを見て、うなずいた。そのどこか落ち着かない態度を見ながら、冬本は思った。役割を果たす機会を待ち焦がれる気持ちは、理解できる。失敗することは多々あるし、中にはフォローしきれないようなものもあるだろう。人間がやっている以上、勘違いや認識のずれは必ずある。それを取り返そうとして焦るのは、責任感が強い証拠だ。
「連絡するまで、ここにいてくれ」
 冬本が言うと、田中は『連絡』という言葉に顔をしかめた。
「お冬さん。今で、誘拐から五時間です。何も連絡してこんって、問答無用で殺すつもりなんでしょうか」
「そこは、おれに任せてくれていい。弓削が考えてることは分かる。蓮町は生きてるよ」
 田中が小さくうなずいて納得したことを目で確認してから、冬本はステップワゴンから降りた。充分歩いて、蓮町家との中間地点ぐらいまで来たとき、蓮町のスマートフォンを鳴らした。そう、おれには弓削の気持ちが分かる。それは単に、元部下がどう行動するかという意味だけではない。おれも同じ立場に置かれれば、同じことをする。
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ