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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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「はるか、今メッセージでも書いたんだけど。ラインストーンだっけ? すごく可愛い。ありがと」
 増山は笑おうとしたが、息が細く漏れただけで、声にならなかった。蓮町は根気良く待った後、ようやく言った。
「大丈夫? 走ってる?」
 増山は声に出すことなく首を横に振り、ようやく言った。
「あれ、スマホの端にちょこっとつけるだけでも、何か綺麗な感じになると思う」
「何かあったの?」
 蓮町が言い、増山は声のトーンに驚いた。今までに聞いたことがないぐらいに暗くて、芯のある声。その奥底には、ずっと頭で想像していた悪いことが目の前に現れるのを、静かに待ち構えていたような響きがあった。増山は言った。
「ちょっと、話してもいい?」
 増山はできるだけ冷静に、順を追って話した。蓮町は相槌を打ちながら聞いていたが、増山が話し終えるタイミングを待ち構えていたように、言った。
「はるか。今は、学校側の駅にいるの?」
「うん。まだ、そっちにおる。マジで、普通じゃないはずやねん。どうしたらいいんやろ。警察に言ったら、何とかなるかな」
「日本の警察がどんな風に動くか分からない。でも、誘拐だって証明できないと、動いてくれないんじゃないかな」
 蓮町は冷静に言い、何かのスイッチを切り替えようとするように、小さく唸った。増山が完全に縋る気持ちで次の言葉を待っていると、蓮町は言った。
「今、ベージュのジープで画像を調べてるんだけど、国産だと三菱のジープ、スズキのジムニー、トヨタのランドクルーザーが出てきた。はるかが見たのは、後ろにタイヤついてた? どっち寄りか分かるかな?」
 増山は、頭の中に散乱する情報が自分から箱へ入って、整理されていくような感覚を覚えた。蓮町は、自分で調べているのだ。パニックを起こしていた頭がいつもの回転を取り戻し、増山は言った。
「右にでっかいタイヤがついてた」
「今見てると、ジープは左寄りで、ジムニーは中央。ランドクルーザーが右だから、もしかしたらこれかも。外車だったらごめん」
 蓮町が熱っぽい口調で言い、増山は思った。今、隣にいてくれたら、どれだけ心強いだろう。増山の全身が力を取り戻していく中、蓮町は逆に不安に駆られたように、小さな声で言った。
「でも、私たちで探せるかな」
「わたし、多分できると思う」
 増山は自信に満ちた声で言った。いきなり高速回転を始めた頭の中は、さっきと違って完全に整理されている。
「理緒は、今どこにおるん?」
「家の中の、とある部屋にいるよ」
 蓮町のいつも通りの言い回しに、増山はようやく笑い方を思い出したように微笑んだ。
「また連絡するから、ちょっと待っとってな」
「分かった。私も準備しとく。もうちょっと分かったら、警察に通報しよう」
 電話を切って、蓮町はパニックルームの中で息をついた。誘拐は、家か職場の近くで起きることが多い。特に下調べをする時間が足りないときは、尚更その傾向が強くなる。まだ中学校に上がる前だったけど、一人で外に出たがる私を諦めさせるために、『フユゲ』が英才教育をしてくれた。目的地に近づくにつれて選べる道が少なくなるのだから、待ち伏せしやすくなる。ある意味、当たり前だ。でも人は、自分の家や職場が見えると安心して、気が抜けるものらしい。
 増山は、勝手には警察に通報しないだろう。そんなことをすぐに考える、父そっくりの自分が嫌になる。子供の頃は、『うちはリサイクルの会社だよ』と友達に言ってきた。実際そういう側面もあったし、父と一緒に工場を見学したこともあった。リサイクルするためには、まずゴミを集めなければならない。そこに役割を解かれた人間が一緒に捨てられることがある、ということに気づいたのは、ちょうど中学校に上がった頃だった。そのとき『フユゲ』と呼ぶのが初めて怖くなった。あの二人は、そんなぬいぐるみのような存在ではなかった。いや、蓮町家自体が普通の家ではない。警察に目をつけられると、傷がつく種類の人間。そして、その中でただ守られているだけの、情けない存在。それが自分だ。その立ち位置からは、簡単には出られそうにない。
 増山が考える『ベージュのジープの探し方』は想像もつかなかったが、もしうまく見つけたら、その先は? 私はどこかで、見つけられない方に賭けている。その引っ込み思案な考えは、本当に今すぐ捨ててしまいたい。ソファに座ったまま腕組みをしていると、増山からメッセージが届き、蓮町は両手で包み込むようにスマートフォンを持って、内容に目を通した。
『今、町をうろついてる知り合い二十人に、ベージュのランドクルーザーを探してって、メッセージを送った。最低でも五人に回してって言ったから、町中に広がると思う』
 すごい行動力だ。蓮町は目を大きく開いて、文章を何度も読み返した。フユゲも、車庫でこんな話をよくしていたっけ。お冬さんは『今のは忘れてください』と言い、弓削は『お嬢、真似したらだめだぜー』と言っていた。
 忘れられるわけがないし、当たり前のように真似する。蓮町はパニックルームから出ると、居間を横切った。どこに何があるかは、ちゃんと知っている。金庫からコルトオフィサーズと弾倉二本を取り出した蓮町は、パニックルームに戻ってテーブルの上に置き、殺風景な外観を眺めた。フレンチウォールナットから作られた暗い色合いのグリップは傷だらけで、黒かったはずの部品は角が薄くなって、銀色に光っている。
「撃つぞ」
 蓮町は誰にともなく呟き、オフィサーズを手に持って、同じ言葉を繰り返した。使い方は、弓削に教えてもらった。薬室は空で、弾倉には六発。シングルアクション。お冬さんが修理に出したことがあって、それを弓削が代理で引き取りに行くのについて行ったとき、『一応、知っとくかー。冬さんには内緒な』と言った弓削は、修理してくれた人が所有する空き地に連れて行ってくれた。顔が描かれた空き缶を前にして中々引き金が引けないでいると、耳栓越しにアドバイスをくれた。
『撃つぞって、声に出して言ってみな』
 その言葉がきっかけになって、クッキーを割るみたいな感触で引き金が動いた。今も、どことなく手に力が入る。怖い人からの、怖いアドバイス。そう理解しているからこそ、普段は絶対に思い出さないようにしてきた。
『撃つぞって、言われた方は怖いですよね』
 確かそんなことを言ったと思う。でも弓削は、笑いながら否定した。
『いやいや。一番こえーのは、冬さんみたいなタイプだよ。あの人は本当に友達みたいに笑いながら、いきなり引き金を引く』
 藤松先生を助けるためなら、誘拐犯にこの銃口を突き付けるし、それで足りなかったら、フユゲが仕事でやってきたように、そのまま引き金を引いてみせる。そのときに笑顔が必要なら、笑う自信だって。蓮町は拳銃を抱え込むように胸の中に抱くと、増山からのメッセージを待ちながらソファに横たわった。今まで、お冬さんから不死身のお裾分けをずっともらってきた。
 今は、不死身に近づくための道具が、私の手の中にある。
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ