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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 増山は首を横に振った。誰にも言っていないのだから、それは当然だ。
「多分、誰も知らんと思います。なんかそれが、嫌なんですけどね」
 藤松は、少し肩を落とす増山の方を向くと、スポーツセンターの裏道へ向かうために横断歩道を渡った。スポーツセンター裏に続く道は倉庫に挟まれていて、がらんとしている。近道だが、高校生だけで歩くことは禁じられている道だ。一緒にいるとき、増山はこの道を歩きたがる。まるで、大人の仲間入りをする機会を、絶対に逃したくないように。藤松は、殺風景な倉庫をぐるりと見回しながら、言った。
「外面ばっかで、一番近い家族の私に対してだけは、何も気を遣わんのやなって。それって嫌やんな」
 増山は、頭の中で渦巻いている考えに突然名前がついたように、顔を上げた。
「ほんまにそれです。先生って……」
「まー、うちは親戚関係で色々あったね。トラブルの種類って家の数だけあるけど、人間の感情はそんなに種類はないから。私にも分かる部分はあると思うよ。やから、良かったらまた相談して」
 藤松が言うと、増山はしばらく俯いていたが、半分食べていたお菓子を口の中へ放り込んで飲み込んだ。
「はい。でも、多分言いたいことは全部言えちゃいました」
 増山がそう言ったとき、スポーツセンター裏へ入る最後の角を先に曲がった藤松が足を止め、増山は背中にぶつかりそうになって立ち止まった。
「増山さん。ちょっとこの後、約束があるから。ここで解散」
「え?」
 増山が訊き返すと、藤松は振り返ることなく、左手で増山の体を静かに押し返した。それは、リレーのバトンを受け取る仕草を逆に再生したようで、あまりに不自然だった。増山は思わずその手に触れて、言った。
「先生?」
「早く」
 藤松はそう言うと、増山が言う通りにしているということを感覚だけで判断し、手を離して歩き出した。スポーツセンターの裏道。朝礼では、いくら近道でも使ってはいけないと言っていた。それは状況によっては、大人にとっても同じだ。冬本が言っていた、SOSという言葉。今はそれが、頭の中で繋がっている。事故を起こした日に、あの車の窓に書かれていた文字。あれはまさに、荷室で助けを求めている誰かが書いている途中だったのだ。誰かに気づいてもらおうと、文字を逆さにまでして。
 そして今、裏道を半分ほど入った辺りに、あの車が停まっている。
 追突したときは分からなかったけど、牽引フックは若干曲がっていた。細いマフラーからは青白い排気ガスが湯気のように漏れだしているから、エンジンがかかっている。人通りが多い国道から、倉庫が並ぶエリアからスポーツセンターに入るこの角までは、三百メートル。走って逃げても、追いつかれる。絶対に間に合わない。それに、うちの生徒を危険に晒すわけには、いかないのだ。そんなことを許すぐらいなら、今すぐこの車に轢かれたほうがマシだ。頭の中を巡る考えは竜巻のように激しいが、迷いはなかった。
 藤松が深呼吸をしたとき、ランドクルーザーの運転席から降りて来た吉田は言った。
「こんちは」
「お久しぶりです」
 藤松は、吉田が早足で間合いを詰めてくるのをじっと見据えて、言った。吉田はその冷静さに足を止め、仕切り直すように咳ばらいをした。
「ちょっと、一緒に来てほしいんやけど」
「はい。あのとき、SOSに気づくべきでした」
 藤松が淡々と言うと、吉田の目つきが険しく変化した。つらつらと言い訳をしていたつもりが、一手先を読まれた不良生徒と同じだ。そんな目つきは、生徒を指導する中で嫌というほど見た。
「後ろに乗ってくれ」
 吉田は後部座席の左ドアを開けた。藤松は乗り込んですぐに、右側に大きなクーラーボックスが置かれていて、簡単には出られないようになっていることに気づいた。運転席に乗り込んだ吉田は言った。
「鞄、助手席に置いて。チャイルドロックかかってるけど、慌てんといてや」
 言われた通りにした藤松が返事をしようと口を開きかけたとき、藤松の鞄からスマートフォンを取り出した吉田は慣れた手つきで電源を切り、ダッシュボードからシースケースに入ったままの大柄なナイフを取り出して言った。
「道中助けを求めてもええけど、警察に囲まれたらドア開けられる前にこれで刺すから、生きては出られんと思って。オッケー?」
「はい」
 藤松が短く答えると、吉田は説明が済んだようにクラッチを踏み込んだ。ランドクルーザーが動き出すとき、藤松は後ろを振り向いて人影がないことを確認した。増山を巻き込むことだけは、防げた。
 あとは、生きて帰らなければならない。
    
  
 目の前の道がぐらりと歪んで、まっすぐ歩くことが覚束なくなった増山は、通学路の国道まで戻ったところで、自販機の隣に立つ電柱にもたれかかった。帰るように言われたけど、すぐに言うことを聞く気になんか、なれるわけがなかった。立ち眩みしそうになったとき、ようやく片目だけを出して様子を窺うだけの勇気が生まれた。見えたのは、先生がベージュのジープみたいな車の後部座席に乗り込む姿。運転手は背が高くて細身の男。あれが、事故の相手なのだろうか。大体、約束って何? 絶対におかしい。藤松先生がわたしを止めるために差し出した手は、本当に微かだけど、震えていた気がする。
「はるか?」
 吹奏楽部の坂東が通りがかって、顔を覗き込んだ。
「ちょっと、顔色悪っ」
「ごめん、立ち眩み……」
 増山はそう言うと、坂東の顔を見上げた。その顔色を見て、坂東はさらに心配を加速させたように、目を見開いた。
「貧血? ちょっと座らん?」
 坂東の友達である小西と占部が通りがかり、文化祭の準備で駅から歩いてきた長井が足を止めて、増山が一息つく頃には、『委員長』を中心に十人ぐらいの輪ができていた。
「ごめん、みんな。ほんまちょっと、息切れしただけやねん」
「頑張りすぎなんやって、ほんま」
 長井が言い、占部が後を追うように何度もうなずいた。
「帰れる? 帰るとこやったよね?」
「うん、みんなありがと」
 増山が言って、輪が少しずつ縮小していき、自分と自販機だけになった。増山は歩き出しながら、占部の言った『帰るところ』という言葉を頭に思い浮かべた。家の方向へは歩かなければならないけど、帰るつもりはない。だからといって、学校と家の間にも永遠にはいられない。目に焼き付けたはずの映像はすでにぼやけて、詳細が滲み始めている。あの男の顔はどんなだっけ? 今、警察に似顔絵を求められたら、眼鏡以外の特徴を描ける? ナンバープレートは見えなかったから無理だとして、あのベージュのジープって、なんていう車種? リアハッチの右側にスペアタイヤが縋りついていたことぐらいしか、分からない。
 増山はスマートフォンをお守りのように手に握りしめて、俯いた。頭が今の自分にできないことを先回りして探し当て、痛めつけるための武器にしているようだ。メッセージが届いてスマートフォンが震え、ディスプレイに表示された『蓮町理緒』という文字を見た増山は、蓮町が送ってきたメッセージを確認することなく電話をかけた。待ち構えていたように通話が始まり、蓮町が言った。
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ