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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 冬本は、田中の右手の動きを見ながら言った。田中は目を細めて記憶を辿り、小さく息をついた。
「すみません。私、指くるくるがすぐ分かんなくて。反対側で五分くらい待っとったんです」
 冬本はうなずいただけで、何も追及しなかった。言葉で伝えなかったこちらにも落ち度はある。こうやって応急処置を施していると、蓮町家に雇われることになったきっかけをどうしても思い出してしまう。理緒の母が死んだときに、事故を防げなかった護衛二人を消す役割を与えられたのが、当時、拷問と殺人を専門としていた自分と弓削だったのだ。いざ自分がその立場に回ってみると、この全部を死で償うのは理不尽にも感じる。
「プラント側にも張ってたのか」
 冬本が言うと、田中は沁みる消毒液に歯を食いしばった。
「いいえ。蓮町さんは、プラントに入ると大騒ぎになるから反対側に抜けろと」
 いかにも蓮町の考えそうなことだ。自分が殺されかけているという事実は、簡単には受け入れがたいのだろう。結果的に誘拐されることになったが。
「相手は、運転席側を狙って来たのか?」
 ふと気になって冬本が言うと、田中は首を横に振った。
「自分で向けました」
 鉄の塊に向けて自分を差し出すのは、度胸が要る。止血を終えた冬本は、言った。
「当ててきたのは、ランクルだな。前からか?」
「前からですね。あれは、ラダーフレームを補強してると思います。めちゃくちゃ固かった。でも、なんで私を殺さんかったんでしょう」
 冬本は自分の考えを口にせず、首を傾げるだけに留めた。田中が生かされた理由は、想像がつく。弓削にそう教えたからだ。金で雇われた人間を殺す意味はない。ほとんどの人間は、給料の支払いが止まれば支払主のことを忘れる。殺してしまうと、それが余計な復讐を生み出す可能性もあるし、その方が厄介だ。そんな教えを守っていることよりも、一匹狼気質の弓削が早々に仲間を見つけたことの方が、意外だった。二台の車を武器にできるのだから、腕に覚えのある連中なのは間違いない。
「何人いた?」
「キャラバンは二人、ランクルは一人ですね。見えてる範囲なんで、後ろにまだおった可能性はあります」
「顔は?」
 冬本が言うと、田中は自分に呆れたように笑った。
「二人は中の下で、ランクル運転してた方は眼鏡かけとったのと、座高が高かったかな。あ、一人めっちゃイケメンでした。キャラバンの運転手です」
「それが弓削だ。見た目に騙されるなよ。あいつは、警告なしで簡単に引き金を引く。おれがそう教えたのが悪いんだけどな」
 冬本が言うと、田中は顔をしかめながら体を起こした。
「めっちゃ危ない人ですね。私フリーなんで、紹介してくださいよ」
 しばらく沈黙が流れた後、冬本は田中と顔を見合わせて笑い出した。
 
 
 SOS姉ちゃんを灰にするのに、二日を要した。手持ちの薪はすっからかんになり、また小屋まで取りに行かなければならない。小屋は上り坂の先にあるし、本来ならそっちに薪を取りに行くのを優先すべきだが、今は電気屋に来ている。白のEKワゴンから降りた真壁は、痺れたように痛む右手を振りながら、自動ドアをくぐった。門林が『ツーコン』と呼ぶ二つ目のコントローラーは、門林が持つ数少ないコミュニケーションツールのひとつだ。ツーコンがあれば、人と一緒にゲームができる。やりたがるかどうかは、また別の話。SOS姉ちゃんは最初から最後までパニックで、結果的にツーコンで絞め殺されることになった。そして、人間の両目が飛び出すぐらいの力でコードを引っ張れば、当然断線する。所々中身が剥き出しになったコントローラーを捨てたら、今朝そのことに気づいた門林はパニックを起こした。朝飯を用意していたら、下りてくるなり『ない』と言ったのだ。主語が欠けていても、それが何を指すのかはすぐに分かった。
『とりあえず飯食えや。座れ』
 そう言って肩に触れたとき、一旦言うことを聞いて座った門林は、気が済まない様子で『ない』ともう一度言うと、手を振り回した。食器にぶつかって炒り卵が床にひっくり返ったとき、真壁は門林の顔を思い切り殴った。一度手が出たら止まらず、拳か手の平かも分からない状態の手を数回振り下ろした後、言った。
『ええ加減にせえよ、動物かお前は!』
 門林は体をびくりと跳ねさせて大人しくなった後、俯いた。滅多に飛んでこない暴力に驚いたのか、自分が動物ではないと思っていたのか、その両方かは分からない。ただ、猫背のまま朝飯には手をつけずに部屋へ戻っていった。
 別売りのコントローラーが入った箱を手に取った真壁は、レジで会計を済ませてEKワゴンまで戻ったとき、消音モードにしたスマートフォンがポケットの中で鳴り続けていることに気づいた。発信者が吉田であることに気づいた真壁は、運転席に座ってドアを閉めてから通話ボタンを押した。
「もしもし」
「昼どきにすんません。とりあえず当てはできました。今日明日でうまいこといったら、連れていけます」
「おー、助かるわ」
 真壁が言うと、吉田は声のトーンを落とした。
「大丈夫ですか?」
「自分の心配だけしとけや。また持ってくるタイミングで教えてや」
 真壁は通話を切ってしばらく考えた後、防犯グッズ専門店へ向かった。渋滞している片側一車線の道をのろのろと進んでいる間、頭から消えないこと。それは、門林に言った『動物』という言葉が、自分や吉田、川宮の全員に当てはまるということだ。吉田が人の心配をすることはない。吉田は、自分がやっていることの縁起の良し悪ししか気にしない男だ。心配口調で大丈夫か聞くということは、おそらく大丈夫じゃなかったときにどうするかを考えている。
 真壁は店でKDS製のバトン型スタンガンを購入すると、EKワゴンの狭い助手席に置いた。金属製のバトンはかなり威圧感があって、上手く当てれば相手は気絶するだろうし、心臓に近い位置にやると命の危険があるかもしれない。川宮に貸しているマカロフを使っても同じぐらいの効果は期待できるが、文鎮代わりにして殴っても相手は怪我をするだけだし、こちらで保管している弾を使ってしまうと、今度は確実に死んでしまう。その点スタンガンは、誰にどうやって使うかはさておき、誰にでも気軽に使えるというのが心強い。自分が座る椅子を揺さぶって来る人間には、黙ってもらう。
 吉田と川宮は当たり前として、門林も例外じゃない。
    
   
 午後三時。文化祭で使うために買った資材を学校に置いたら、おやつの時間。増山は蓮町に渡すためのお菓子を買い込み、その一部は我慢できずに『自分用』と宣言しなおして、歩きながら食べていた。隣を歩く藤松は、忙しなく動く増山の手を見ながら笑った。
「忙しいなーほんま。家に帰ってから食べたらええのに」
「すみません、思い切り買い食いして。家やと、開放感ないんですよ」
「気さくでいいご両親やんか」
 藤松が言うと、増山は気まずそうに肩をすくめた。
「先生に対してはね。家の中では別居状態なんで」
 藤松は瞬きを繰り返した。今日は全日本地雷デーだ。タカシの件で自分の地雷が起爆し、今、増山の特大地雷を踏んでしまった。
「そうなん、ごめん。知らんかった」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ