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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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「では、失礼します。今日はありがとうございました」
 駅の方向へ立ち去る冬本と蓮町の後ろ姿を見送りながら、増山が呟いた。
「お冬さんとか、理緒は可愛く呼んでるけど。すっげーガチ感ある」
「そうやね」
 藤松はそう言ったが、冬本と交わした短い会話の中でひとつだけ、頭の通り道に引っ掛かって動かなくなった単語があることに気づいていた。SOSというのは、日常生活であまり聞かない言葉だ。なのに、頭の中で何かと結びつこうとして、そこから動かない。
「せんせー、わたしも解散ってことはないですよね?」
 増山が言うと、藤松は瞬時に頭を切り替えて、うなずいた。
「ない。お昼、付き合ってよ。バカヤローの話、聞いてほしいわ」
「めっちゃ聞きたい。行きましょ」
 増山が何度もうなずき、藤松は一緒にレストラン街へ歩き始めた。
    
    
 朝向かうときは、増山たばこ店までの道が永遠に感じたけれど、帰りの電車は一瞬。家に戻るなり、理緒は言った。
「何があったんですか?」
 冬本はパニックルームのパスワードを入力すると扉を開き、理緒の背中に触れないように手を回し、入るよう促した。
「ちょっと、説明できる時間はないんです」
「え? 私だけ入るんですか?」
 理緒が目を丸くすると、冬本は仕事モードの表情を崩すことなく、うなずいた。
「今日だけで結構です。友達と連絡を取り合ったりするのは構いませんが、この中からお願いします」
「あとで全部、説明してくれますか? 私はお冬さんの言葉しか信じませんから」
 理緒が言うと、冬本はそれも表情を変えることなく受け入れて、うなずいた。
「はい」
 目の前でドアが閉じられ、外からパスコードでロックされる電子音が鳴った。中から開くことはできるが、外に出なくても済むように、一つの部屋に家の機能全てを凝縮したような構造をしている。理緒は新品のソファに腰を下ろすと、小さくため息をついた。服は余所行きのまま、アクセサリーショップで買ったラインストーンステッカーも、袋に入ったまま。自分の家なのに、誘拐されてきたみたいだ。
 今は、私も叫びたい。藤松先生の悩みは、あれで解消しただろうか。はるかも背中を押すように、一緒に叫んでくれた。自分の怒りや不安を叫んだら、その声が届く範囲は自分の色で塗りつぶせる。びっくりする人がいたり、うるさいと怒ったりする人がいるかもしれない。でも、それは自分の声が届いた証拠。そして私が叫ぶとしたら、それは『人殺し』だ。お冬さんが仕事で人を殺していると知った日以来、ずっと頭の中にあって、口に出したことはない言葉。口に出すと、その魔法は消えてしまうだろう。あのときは中学校に上がる前だったが、この期に及んでさえ、その言葉に守られているのだから。
 自分が未だに臆病で弱い存在なのが、ふと情けなくなる。
  
  
 冬本は、救急箱だけを持ってステップワゴンに乗り込み、スマートフォンのナビを設定した。GS350の位置を示す点は、さっきからずっと動いていない。道路から逸れていて、プラントの近くだが敷地の中ではない。田中に聞くのが一番早いが、この状況で連絡しても本人に繋がる保証はないから、電話はかけられない。左側通行の勘を取り戻しながらも、冬本は速いペースで車を走らせた。市街地を抜けて山道に入ったときに、思い出した。ちょうど連絡したとき、田中はこの道をプラントから戻る方向へ走っていたはずだ。勾配が上りから下りへ変わり、道路にキラキラと光るガラス片が落ちていることに気づいた冬本は、スピードを落とした。アスファルト上に無数のひっかき傷が残っていて、大破したGS350は脇道に停められていた。ここで停止させられた後、ウィンチで道路から引きずり出されたということになる。冬本はステップワゴンを停めて降りると、運転席が大破したGS350の中を覗き込んだ。サイドエアバッグが開いていて、助手席の内側のドアノブに血痕がある。後部座席の左側には新聞が落ちていて、窓が割られているのはドアロックを解除するためだ。手口からすると、誘拐。弓削がやったのだろう。蓮町は何も言わないが、こんな手の込んだ誘拐を仕掛けられるのなら、可能性は一つしかない。あの顔合わせは口封じのためのお膳立てで、そこが終点だった弓削は、圧倒的に不利な状況をひっくり返したということになる。そして、その前に先手を打つ形でライトエースに発信機を仕掛けていたから、ワンに辿り着けた。日本に渡って、港にいたGS350から自宅を割り、教科書通りに誘拐した。動機は理解できる。自分がやられたとしても、同じことを試みるだろう。冬本はそう思いながら、GS350のリアバンパー下を覗き込んだ。微かに、両面テープの痕が残っている。大きさからすると、小型の発信機を剥がした跡だ。この車に発信機を取り付けるタイミングがあるとすれば、港。つまり、田中はどこかに停まっていて、隙を与えたのだろう。弓削がそれを逃さない間の良さを習得しているというのは、自分の教えが間違っていなかったということでもある。
 ステップワゴンに戻り、冬本は現場から離れながら、スマートフォンを手に取った。助手席のドアノブに内側からついている血痕を見る限り、田中は生きている。意識を失っていたのかもしれないが、自分で助手席から脱出しているはずだ。
 田中の番号に発信すると、通話はすぐに始まったが相手は無言のままだった。充分な沈黙が流れた後、冬本は言った。
「聞こえるか?」
「冬本さん、田中です」
 芯は残っているが、人間関係が全てリセットされた上に、怪我に耐えている声。冬本は言った。
「無事か? どこにいるんだ」
「林の中で、休んでます。すみません、蓮町さんが誘拐されました」
 田中は葉をかき分けるような音を鳴らしながら、言った。冬本はステップワゴンを走らせながら、林に視線を向けた。葉の間に黒い影が重なったのを見つけて、言った。
「今、ガードレールの方へ歩いてるか?」
「はい、ステップワゴン見えました」
 冬本は通話を切るとステップワゴンを転回させ、ガードレールを乗り越えてきた田中が乗り込めるよう、内側からドアを開けた。乗り込むなり、田中は顔の半分を血で染めたまま言った。
「黒の日産キャラバンと、ベージュのランドクルーザー。ナナマルでした」
 冬本はうなずいた。サイドエアバッグに頭の骨を守られたのは幸いだったが、田中はガラス片で頭を切っていた。右手には痣が広がっていて、最悪の場合は骨が折れているだろう。現場から充分離れてステップワゴンを路肩に寄せると、冬本は言った。
「後部座席に移動しろ」
 田中は、素直に座席を倒して後ろへ移動し、冬本は助手席の足元から救急箱を取ると、後部座席へと移った。
「頭の傷がどこか、分かるか?」
「真横です」
 田中はそう言って、患部を示すように宙を見上げた。ペンライトで田中の頭を照らし、冬本は消毒液を含ませたガーゼを切り傷に当てた。田中は顔をしかめながらタオルで血を拭き取り、右手を見つめた。
「運転はできます」
「折れてないか?」
 冬本が言うと、田中は指を広げながら首を傾げた。
「どーでしょう。ハンドルは握れます」
「冷やしとけ。おそらく、あの車に発信機をつけられてた」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ